自分で自分の気持ちを上げるために、好きなもののなかに身を置いたり、自然の力に癒されたり、美味しいものを食べたり、現実から一度距離を置いてモノ・コトの力に頼る。
自分を救う“おまじない”は、お金で買えることもある。
そんな「あなたにとって“心と体に効くモノ”は?」――映画監督 / 写真家の枝優花さんがホストになり、やさしい人々を訪ね歩く対談連載。第5回は画家の塩谷歩波さんです。
先にご褒美を買っちゃう作戦
─塩谷さんといえば、お風呂でくつろぐ人々や浴室空間が綿密に描かれたイラスト集「銭湯図解」でおなじみ。
高円寺にある銭湯・小杉湯の番頭をされながら、様々な銭湯、建物をおとずれてイラストを描かれていて、現在は小杉湯を離れ画家として活躍されています。一度だけお会いされて、「もっとじっくり話してみたかった」という枝さんのリクエストから今日の対談が叶いました!
枝:出会いそうで出会わないお仕事のかたなんですよね。ひとりで黙々と机に向かって絵を描いていると言っていて、どんな仕事や生活をしているのかじっくりお話を聞いてみたかったんです。
塩谷:私も、じっくりお話してみたかったのでうれしいです。
枝:お仕事は、0から1をつくるイメージですか?それとも1を100にするイメージ?
塩谷:後者ですね。オリジナルで絵を描くこともあるんですけど、基本的にはもとになる建物があって、その魅力を最大限引き出すために絵を描いているので、1を100にする仕事だと思います。

枝:そういうときは、どんなことを意識されるんですか?
塩谷:1に対する「リスペクト」ですかね。建物やその中で過ごす人、ご依頼主さんに対して「大好きだな、尊敬したいな」という気持ちがあって、それを大切にしながら絵を描いています。
枝:あんまり、建物を好きになるっていう感覚がなくて……。
塩谷:私が好きなジャンルは「使用感がわかる建物」。
たとえば銭湯や純喫茶はドンピシャで、年季を感じられるしいろんな人が愛してきた形跡がわずかなところに残っているのを見ると胸がギュッとなります。大好きな西荻窪の「それいゆ」には、窓の縁に子どもが貼ったような小さなくまちゃんのシールが貼ってあったんですよ。そういうのを見つけるのがたまらなく好きで、建物の傷にグッとくるんですよね。
枝:その感覚はわかります。私は団地が大好きで、同じサイズの小さな窓の中にそれぞれの生活がつまっているじゃないですか。窓枠に切り取られた一部分から、その人が垣間見える感じが大好きです。
塩谷:すごくわかります!
枝:あと、1をリスペクトする気持ちも共感します。MVをつくっていると似たような感覚になって、アーティストのことをものすごくリスペクトするし、応援したいって気持ちでやっていることがほとんどですね。でも、気持ちが追いつかないこともありますよね?
塩谷:案件によっては正直、ありますね(笑)。しょうがないことなのかなって思いますけど。
枝:人によって仕事の燃料が違うと思うんですけど、綺麗事ではなく私はお金であんまり動けないタイプだと気がついたんですよね。最悪、逃げたくなるほど辛かったとしたら、どうにか好きになれそうなポイントをわずかでも見つけて、心をつなげて仕事してます。

塩谷:わかります……最終的なアウトプットは妥協したくないじゃないですか。引き裂かれそうになりますけど、それでも自分に何ができるのか、すっごく考えちゃいますね。
枝:そういうときは、どうやって心を保っているんですか? モノに頼ったりします?
塩谷:私は全部のプロジェクトが終わってからご褒美を買うんじゃなくて、先に買っちゃうんです。しかも、わりと高額なものを。そうすると仕事中もご機嫌でいられるんですよね。
枝:なるほど! 先にご褒美を買っちゃう作戦はいいですね。
塩谷:大きな金額をかけなくても、日常的に自分を癒やしたり助けてくれたりするアイテムが身の回りに揃ってきたかなと思います。
お守りアイテム①中国茶
─ぜひ、塩谷さんが日常的に癒やされている、心と身体に効くものを教えてください!
塩谷:「心と身体に効くもの」と聞いて、真っ先に思いついたのがお茶です。製作のおともにお茶は欠かせない存在で、日本茶から紅茶まで何十種類ものお茶が家にストックしてあります。なかでも一番好きなのが、中国茶。香り豊かで種類がたくさんあるのが楽しいです。
西荻窪にある「サウス・アベニュー」という専門店にはたくさんの種類の中国茶が並んでいて、その時の気分に合わせてお茶を選べるんです。ぜひ、枝さんにも香りと味を楽しんでもらいたくて、飲んでみてください!


枝:うわ〜いい香り! これはなんという種類なんですか?
塩谷:小針(こしん)という、ジャスミン茶の仲間です。針王という最高級のジャスミン茶の芽をつんだ後に出てくる新芽でつくられたお茶で、飲みやすいのでよく手に取ります。
枝:ほんとですね、緑茶っぽい味わいで飲みやすい。
塩谷:中国茶のいいところは、お湯を注ぎ足せば、いくらでも飲めるところ。4煎以上淹れられるので、家で長い時間作業をするときの相棒にぴったりなんです。

枝:中国や台湾のお茶はおいしいですよね。私も、昔台湾で場違いなほどハイクラスな会食にお呼ばれされて緊張していたとき、ごはんの味は覚えていないけれど、最後に「デザートです」と出されたお茶がものすごくおいしかったことを今でも記憶しています。
塩谷:台湾のお茶も美味しいですよね。茶器も可愛らしくて集めたくなりますし、お茶の話は何時間でもできるほど大好きです。
お守りアイテム②ヘッドフォン
塩谷:音楽が大好きなんです。中高生のとき学校が大嫌いで(笑)、MDウォークマンを肌見放さず持っていました。なんとか中高時代を乗り越えられたのも、好きなバンドのライブとそこでできた友だちのおかげですね。

枝:なんてバンドが好きだったんですか?
塩谷:THE BACK HORNです。それからずっと音楽に救われて生きてきたので、ヘッドフォンにはわりとこだわっていて。大学のときにベースをやっていたのですが、一番低音がよく響くBOSEを使っています。いろいろ探し回ってこれにたどり着きました。
枝:ヘッドフォン、私も探しているんですよね。だけど、電気屋で種類が多すぎてフリーズしちゃうタイプだから買えてなくて。これは気になる。
塩谷:音もいいし、ノイキャンもあるし、デザインもカッコいいので首からかけられるのも気に入っているところです。
お守りアイテム③LUSHのシャワージェリー
─塩谷さんといえば銭湯のイメージですが、お風呂アイテムも持ってきてくださったんですよね。
塩谷:お風呂関連のアイテムだと、このLUSHの「CONGA」というシャワージェリーの香りが大好きで。

枝:わあ〜、このバニラっぽい甘い香りは、LUSHのお店を通りかかると香ってくるやつですね。
塩谷:LUSHらしい香りですよね。香りの持続力がすごくて、朝起きてもまだ身体からいい匂いがしてきて気分があがります。お肌も心なしかやわらかくなるし。あと、タオルで泡立てるのではなくて、直接身体に滑らせて使うボディソープなので銭湯でも便利。
お守りアイテム④おパンツくん
塩谷:最後は、おパンツくんです。

枝:見たことはありましたけど、初めて本物を見ました。
塩谷:こういうシュールなのが好きです。うしろのタグがよくて「Don’t wash me. Don’t eat me. Don’t betray me.」(洗わないで、食べないで、裏切らないで)って書いてあるのが可愛い。

枝:いつも身につけているんですか?
塩谷:そうですね、持ち歩くバッグにつけていて、御守みたいな存在になっています。握り心地がいいので、緊張するときや不安なことがあるときはギュッと握りしめています。ほんとうは、ぬいぐるみが側にいたらその子を抱きしめて安心するんですけど、出先だとそうもいかないので、外での心のお供としてこのおパンツくんを持ち歩いています。
枝:そういう存在は大事ですよね。私も実家に帰ると、いつも膝に犬を乗せて癒やされています。
自分自身を俯瞰したら、人生が前向きになる
枝:きっと、私も塩谷さんもわりと一生懸命仕事をしてしまうタイプだと思うんですよ。だから、手抜きだったりあまり真剣じゃなかったりする大人に出会うと、若いころはストレスが溜まってしまったというか、ムカつくなあって思うことがあったと思うんですよね。

塩谷:ありましたね。
枝:私は大人数で仕事を進めていきますけど、塩谷さんは基本ひとりだと溜め込んでしまいそう。
塩谷:ひとりの気楽さもあるんですけど、知らぬ間に心がめちゃくちゃ疲れてきます。そういうときは信頼している友だちに話して、気持ちをすっきりさせるのが一番。そのほうが仕事も捗るので、2日に1人は誰かに会うようにしています。
枝:仕事には集中できるタイプですか?
塩谷:そうですね。集中しすぎて頭がカッカしてくることはよくありました。なるべく心も体もフラットであれるように、人と会うんです。
枝:私も塩谷さんに近いので、たとえば脚本で缶詰になる日が続くと、集中しすぎて自分の身体の感覚がなくなってしまうんですよね。
塩谷:集中しすぎると、絵を描いている手から先しか感覚がない感じになります。前は、その感覚から戻れなくなって、自分の感情も言葉もわからなくなってしまうときがありました。
枝:どうやって乗り越えたんですか?
塩谷:友だちが支えてくれました。気持ちを吐き出していくうちに自分自身を取り戻していって。あとは最近、寝る前に自分の気持ちを探る時間をつくるようにしているんです。
枝:一日の振り返りとか、そういうことですか?
塩谷:振り返りもしますし、その日の出来事に対する自分の気持ちにひとつひとつ向き合うんです。たとえば怒られたとき、ただ落ち込んでしまうんじゃなくて、そのときの自分の気持ちの動きを考える。同じく、楽しかったり幸せだったりした瞬間も噛み締めます。

枝:それはいいですね!
塩谷:瞬間的に落ち込んだり傷ついたりしたことを、トラウマのように引きずってしまうことがあるじゃないですか。だけど、自分自身を振り返る時間をつくることで整理されて、人生が前向きになるなと思いました。
枝:自分のことって、わかっているようでわかっていないですよね。私の場合は「理想の自分」に追いつめられてしまうことがあって、自分で自分の首を絞めていた。だけど、俯瞰してみると、思い込みから解き放たれてバランスを取り戻せるのかなと思います。……なんか、ずっと話せそうですけど、スタッフさんが時計を指してる(笑)。
塩谷:まだまだ話し足りないですね。
枝:ちょっと、このあとお茶しましょう。LINE交換しましょう!
PROFILE
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塩谷 歩波
1990年生まれ。
設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。
レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。2022年には半生をモデルとしたドラマ「湯あがりスケッチ」が放送された。著書は「銭湯図解」「湯あがりみたいに、ホッとして」。好きなお風呂の温度は43度。最近のマイブームはそば茶。