UPDATE : 2024.01.30

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#BEAUTY & HEALTH

美しいものの備忘録
03:電子レンジ/食卓/木片

Text:Rie Kimoto
Edit:Taiyo Nagashima

「夜、眠りに就く前に、その日美しいと感じたものを三つ数えてみてください」

 

人には元来”ネガティビティバイアス”という、不安を強く察知する性質が備わっている。これは狩猟採集の時代において「お花が綺麗だわ」なんてぼんやりしているうちにライオンに食べられてしまわないように身についた、危険を回避するための生存本能。けれど、情報が洪水のように押し寄せる現代社会で、ネガティビティバイアスと適切に付き合うのは難しい。そんな悩みを話したときに教えてもらったのが冒頭の言葉。

 

「美しさを数える」プロセスの反復は事実、心をポジティブに保つ筋トレとなり、思考や感性を深め、広げてゆくという。美しいものを数えることを習慣化してから確かに気持ちが軽くなったのを感じている。

 

この連載では、日々の生活の中で私が見つけた「美しいもの」を記録してゆく。あいまいで、多様で、説明のつかない「美しさ」を記録し続けることが、私自身の日々の生きやすさにつながり、仕事の糧になり、そして読んでくれたあなたの「美しさを数える」きっかけになったらいいと思う。そんな思いを胸に、個人的な備忘録をしたためていく。

電子レンジまたは繁華街

日々東京の町で生きていて、なおも新鮮な旅の気分になるのはいつも、頼りなくも美しい光を目撃する時間です。電子レンジの上、ゴミ箱の脇、家に篭っていても光は惜しみなく差してくるので、こちらの体制さえ整っていれば電子レンジの上さえも旅先になる。そういえば年末にひとりレイトショーで映画、『PERFECT DAYS』を観に行った。帰り道、品川駅前の映画館から自宅までの1時間を歩いた。劇中のサウンドトラックを大きめに流して歩いていると、街と映画の間の境界線がいよいよ曖昧で、すき家で牛丼を食べる人の背中が、何やら際どい客引きをする人の足元が、趣味の合わない繁華街のネオンが、全部よくわからないけどとんでもなく美しくて唾をごくんと飲みこんだ。雑多で苦手だった夜の東京の繁華街を、雑多で苦手にしていたのは私であり、こちら次第で電子レンジも繁華街も美しい光の集積になる準備は整っていたんだと気がついた。

知らなかった人と囲む食卓

去年一人でノルウェーを旅したある日の食卓の写真を貼ってみる。長いひとり旅は自ら選んでやってるくせに、毎回途方もない孤独がつきもので、なので現地でできるだけ友達を作って共に食卓を囲むようにしている。一ヶ月ものあいだ弾丸で人と出会い続けた積極性は、東京の日常では信じがたい。いま同じことを繰り返すのは正直しんどい絶対やらない。英語では積極的な孤独は「Solitude」 、消極的な孤独感は「Loneliness」と表現するというけれど、日本語ではどちらも「孤独」と訳されていたりする(このたったひとつの言葉にあらゆる孤独の類を反映できる余剰が素敵ですね)。ひとり旅における「Solitude」は、語源こそ違うが自分の中では勝手に「Soldier」と結びついていて、積極的孤独感が自分を必要以上に勇敢な戦士に押し上げてくれる。昨日まで知らなかった人々との賑やかな食卓のような種類の得難い喜びをこじ開けるのはいつも孤独とか、そういう一見歓迎できない負の原動力なのだとしみじみ確信する。

テーブルの下に挟む木片

先日お茶したTorvehal Bornholmという店では、テーブルの足元にことごとくなにかが挟まっていた。床材はテラコッタのタイルで、極めて頼りなくあっちもこっちも歪んでて、テーブルの足元にはもれなく木片が挟まっている。テーブルの足元に何かを挟んで束の間の平行を生み出す怠惰が好みです。むかし飲食店で働いていた頃、途方も意味もないモグラ叩きみたいなこの時間が好きだった。根本的に何ひとつ解決しておらずその場しのぎ。翌日には割と平然とガタガタし直しているので、この非生産的な仕事はなくならない。けれどひとたび「このくらいかな」と畳んだ紙切れが一発で机を平行にし得たときの多幸感はけっこうすごい。Torvehalの紙切れを眺めていると、いつしかの『Kinfolk』の家具のビジュアルに、紙を挟んだテーブルの足元の写真があったのを思い出す(家具を訴求するビジュアルでその家具がガタガタしてるってすごい)。世界中で、足元に紙を挟むこの終わりなき問答の確かな喜びに、気づいている人がいる繋がりが、ちょっと嬉しい。

PROFILE

  • 木本梨絵

    1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。日本の里山に眠る可食植物の研究をする「日本草木研究所」共同代表。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。自らも事業を営みながら、さまざまな業態開発やイベント、ブランドの企画、アートディレクションを行う。グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑等受賞。2020年より武蔵野美術大学の非常勤講師を務め、店舗作りにおけるコンセプトメイキングをテーマに教鞭を執っている。

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