自分で自分の気持ちを上げるために、好きなもののなかに身を置いたり、自然の力に癒されたり、美味しいものを食べたり、現実から一度距離を置いてモノ・コトの力に頼る。自分を救う“おまじない”は、お金で買えることもある。そんな「あなたにとって“心と体に効くモノ”は?」――映画監督 / 写真家の枝優花さんがホストになり、やさしい人々を訪ね歩く対談連載。 第8回はyonigeの牛丸ありささんです。
ずっと見守っている。
枝: 最近は、私が撮っているドラマフィル『コールミー・バイ・ノーネーム』(MBS)にエンディング曲「Without you」を書き下ろしてもらったこともあって、頻繁に連絡をとってるね。
牛丸: ほぼ毎日、LINEしてるね。
─ もともとお知り合いだったんですよね? 古舘佑太郎さんの回で、お名前があがっていました。
枝: 出会ったのは4、5年前だと思います。プライベートで仲は良かったけど、一緒に仕事をするのは今回の楽曲が初めて。きっかけをくれたのが、まさにフルくん(古舘佑太郎)でした。
yonigeのライブに彼が関わっていて、「今の牛丸がすごくいいから見に来てほしい」って、わざわざライブに声をかけてくれたんです。それで、見に行ったら、言葉通りすごくよくて。ちょうどドラマのことを進めていて、ライブ中にプロデューサーに連絡を取って、「エンディングはyonigeにしませんか?」と打診しました。

牛丸: 嬉しい。枝ちゃんが「今の牛丸だったら書ける」と声をかけてくれて、いろんなことをお互いに話しながら作詞作曲をしてできた曲です。

─ 枝さんから見て、牛丸さんはどんな人ですか?
枝: うまく言葉にできるかわからないですけど、お互いにちょっとしんどかった時期に出会っているので、その初対面の印象が強いんです。だから、ずっと見守っている感じがあるかもしれない。今回、お仕事をお願いしたタイミングは、ちょうどしんどいことから抜けそうな時だったんだよね。
牛丸: (うなずく)
枝: しんどい人に対しての関わり方って、距離感が難しいじゃないですか。私は牛丸ありさを5年間ずっと見ていて、めちゃくちゃおこがましいですけど、どうしてあげたらいいんだろうみたいなことを考えてたんです。
でも、きっと牛丸は自分で這い上がるタイプの人間だから、相談をしてくれたらいくらだって話を聞くし助けを求められたら駆けつけるけれど、自分から手助けすることを彼女は望んでないだろうなと何となく思っていて。フルくんと「大丈夫かな」って親みたいな気持ちで心配していました。
牛丸:ありがとう。
枝: ものづくりをしている人たちに対しては、最終的に「いいものを作ってほしい」みたいな気持ちが一番強いんです。だから、今年の夏くらいかな。ようやく自分で沼から這い上がりたいと手を出したタイミングでライブに行って、「今だ」って直感的に思って。手を掴みました。
牛丸: ちょこちょこ相談はしてたよね。
枝: そうだね。

牛丸: はたから見ればただの沼で、周囲は「もう無理でしょ」と思っていたけれど、私はその中でどうしてもがんばりたいと思ってしまって。ただ、夏くらいに「ここは、ただの、沼だ」とやっと目が覚めました。そのタイミングで枝ちゃんがドラマの楽曲のオファーをくれたので、私も長い間心を閉ざしていたこの期間のことを見つめて、書けました。
枝:まさに、ドラマの内容と牛丸の状況が重なるところがあったんです。ある意味、“沼”的な場所にいる子が、自ら這い上がろうと決めて、苦しいけど自分と向き合って出ていこうと努力する話なので。作品や曲を作るということは、ままならない自分と向き合う時間だと思うので、状態が近い人であればあるほどいいものが書けるだろうと思って、「しんどいとは思うけれど、お願いします」って。
牛丸: だいぶ、お待たせしました。
枝:でも、絶対にいいものができるだろうと思っていたので、とくに何も言わず、待っていました。
お守りアイテム①香りアイテム
─ しんどい時に、ご自身の助けになるような、心と身体に効くものはありますか?
牛丸:私は音楽で心と身体を癒やしているので、他の人の曲を聴くのが一番なんです。なので、「これだ」というアイテムがあんまり思いつかなかったんですけど……香りアイテムは一つ持っていこうかなと思って。火をつけて香りを楽しむものって減っちゃうのがもったいなくて使えないんですけど、これは香りがよくて減りも遅いので気に入ってます。

枝: いつもこれを使っているの?
牛丸: いや、無頓着で。これも、たまたまもらったやつ。
枝: らしいね(笑)。
牛丸: 香りは好きなんだけど、つけるのを忘れちゃう。香水を振るのも、ルームスプレーも、毎日は続かなくて思い出したらやるくらい。でも、ないよりはある方がいいかな。
─ モノに依存しないタイプですか?
牛丸: 洋服とか化粧品とか、モノによっては必要以上に買っちゃいます。でも、だんだんと買わなくなってきました。
枝: 勝手なイメージだけど、あまり執着がない気がする。ふつうなら気になっちゃうことも、気にしてない。たとえが難しいんだけれど、興味があることとないことがハッキリしてるよね。
牛丸:そう、真ん中がないんだよね。
お守りアイテム②サウスパーク
枝: 『サウスパーク』はちゃんと見たことがないんだよね。
牛丸: アメリカのアニメで、ダークだしシュールだから物語自体はあんまり“心に効く”って感じじゃないんだけど、個人的にはずっとダラダラ見ていられるアニメ。ふだん、アニメをあんまり見ないんだけど、『サウスパーク』だけは全部見たい。

─ 1997年に初回放送があったアニメシリーズで、現在はシーズン26、全部で328話もあるんですね。
枝: 見るとどんな気持ちになるの? リラックス?
牛丸: キャラクターたちが喋る内容は結構下品で酷くて、今の日本のテレビでは絶対に放送できないような内容なんだけど、なんていうんだろう……みんな心のどこかで思ってるよね、みたいなことを言ってくれてるんだよね。
枝: ボージャックホースマンっていう酒・ドラッグ・セックスに溺れる時代を生きた主人公が今を落ちぶれながら生きるシットコムアニメがあって。主人公が馬人間なんだよね。かなり下品だけど、馬だから見れちゃうんだよね。
牛丸: そうそう、人として最低だから言わないようにしていることを、この子たちは思いっきり言うし、やるし、それが見ていてスッキリする。もちろん差別は最低だし、言ってることに完全に共感してるわけじゃないけど、人が我慢してることをやってるのを見れるのがいい。
枝: 自分の代わり、みたいな感じだよね。代弁とは違うけど、友だちでも「この人とは遠慮せずに話せる」っていう人がいるじゃん。この社会で生きていくために、やっちゃいけないことを頭で理解して我慢してるけど、思いっきり話してくれる友だちの前では、こっちも普段言えないようなことを言えるとすごいスッキリする。だから、こういう作品も吐き出せる友だちも、大事だなって思う。
お守りアイテム③飼い犬
牛丸:友だちが作ってくれたプリクラ風のシールで、飼ってる犬が写ってます。小さいのがトイ・プードルで、大きいのがゴールデンドゥードルというゴールデンレトリバーとトイプードルのミックス。

枝: この間初めて会ったけど、私より大きいんじゃないかと思うくらいデカくて。ものすごい元気だよね。
牛丸: すっごい元気。ずっと犬を飼いたくて、2年前くらいに人生で初めて犬を迎えたんですけど、実際に飼ってみると理想と違うことが多すぎて。
枝: どんなことが違ったの?
牛丸: まず、しつけ。なんだろう、外で犬を連れて散歩している人って、そんな大変そうな顔をしてなくない?
枝: わかる(笑)。優雅だよね。
牛丸: そうそうそう。私もああなるんだと思ってたから、犬を飼う暮らしの理想と現実のギャップが大きすぎて、一時期犬に向き合いすぎてノイローゼ気味になってた。小さい子は大丈夫なんだけど、大きい子が元気だし危害を加えちゃったら怖いから「ちゃんとしつけをしないと」って考えすぎて。
枝: うわあ、大変だったね。
牛丸: 最初の一年くらいは地獄みたいに大変だったんだけど、それよりもかわいさが勝るなっていうのを、今は実感してる。未だに怒ったり、しつけ途中な感じもあるけど、それ以上に「私のところに来てくれてありがとう」って気持ちになるかな。

枝: どんだけダメな自分でも、犬って関係なくずっと私を好きでいてくれるじゃん。人間とは違う関係性が生まれるよね。
牛丸: 無条件で好きでいてくれるから、すごい満たされてる。だから、生活がだいぶ変わって、犬中心の生活になりました。これまでは、朝まで呑んだり友だちの家に泊まったり自由に過ごしてたけど、今は犬に合わせてスケジュールが決まってるから、「何時間以内に帰らなきゃ」とかある。でも、不自由が増えたとしても、存在がありがたいです。愛してます。
自分にとって、必要な曲を書いてほしかった。
─ドラマの楽曲の話に戻りますが、エンディング楽曲を依頼されたときに、自分がしんどかった時期を思い出すことになるのはつらくなかったですか?
牛丸:私は基本的に、自分の過去にあったことを全部曲に書いていて、その最中は自分の中で過去とけりをつける、内省して整理する時間みたいになっているんですね。なので、書いているときは意外と冷静というか、書き終えたらきちんと終わらせられる。
沼にいるときは終わらせたくなくて書けなかったんです。でも去年発表したアルバム『Empire』の「愛しあって」という曲で「詩に残したら終わるような 綱渡りの日々」と書いたら、本当に終わっちゃいました(笑)。
枝:でも、潜在的にわかっていることを書かされている感覚って、すごくわかる。書いたことが未来になるって、結構あるよね。
牛丸:何が起こるかわかってるんだよね。

枝: いろんな作り手のタイプがいるから、みんながみんなそうじゃないけれど、私と牛丸は作り方が似ていて瞑想状態で書いてるんだと思う。ぐるぐる考えていることを貯めておいて、タイミングがきたら第三者というか、ちょっと遠巻きで自分が書き出すんだよね。自分が飛んでいるっていうか……また、だんだんやばい話になってきた(笑)。
牛丸: いや、わかるよ。
枝: わかってくれた(笑)。だから、自分の中で「今だ」っていうタイミングがあるんだよね。その時がくるとバーっと書けるけど、タイミングを間違えちゃうと何度も書き直して、時が来るまで待つこともあって。
今回も、何度かデモを送ってくれてやり取りして。メロディーは早い段階でくれたけど、歌詞が一向に送られてこなくて、でもその状態にハマる気持ちがよくわかるからタイミングを待ってました。そしたら、めちゃくちゃいいものが送られてきた。
牛丸:ずっと書けなくて、カフェに行って考えても何も書けずに帰るみたいなことが続いて。でも、ある日ふと「今日だ」ってなって、結局3時間くらいでバーっと書きました。
枝:書ける日にしか、書けないよね。昔からずっとそう?
牛丸:大体そうかも。昔は、〆切を破るし進まないし、ただ歌詞が書けない人なんだと思って落ち込んだけど、だんだん自分のスタイルがわかってきて「書ける日があるんだ」ってわかりました。
枝:遊んでる日があったほうがよくない?
牛丸:そう。遊べるときは遊びまくる。
枝:でも、そういう時も喋りながら頭の片隅で常に考えているんだよね。ヒントをキャッチして、貯まってきたらウワーっと書ける。すごい抽象的な話だけど、毎日コツコツだけが正解じゃないって思う。
─「Without you」を書き終えたときは、どんな気持ちでした?
牛丸:……全部書けた。
全員:(拍手)
枝:ほんとにね。フルくんもずっと心配してたから、楽曲を送ったら「あいつ全部わかってたんだ」って言ってました。
牛丸:なんか、自分が「こんな言葉書けるんだ」ってびっくりするときがあるよね。
枝:今回だとどの部分?
牛丸:2番のAメロ「誰かが手を差し伸べていたって眩しい光を眺めた目では見えない」っていうところ。そこだけ、ずっと歌詞が埋まらなくて、誰もいない広い駐車場でメロディーを聞きながら、踊りながら、これだって見つけました。
枝:私は、ドラマのエンディング楽曲だけど、ドラマの内容に寄せなくていいと思ってたんです。牛丸にとって、必要な曲を書いてほしいと思っていたから。だから、若干緊張しながら届いた歌詞を読んだら、自分がこの1、2ヶ月ずっと向き合ってきたテーマとバチッとはまるものがあって。「弱いまま強くある」っていう歌詞なんですけど。
このドラマは、あなたと生きていくことを決める話だから、直訳の「Without you(あなたなし)」ではなくて、「you」が指すのは過去やトラウマとか自分を制限してきたものだと捉えたんです。過去の傷みは自分の一部だけど、それをずっと抱きしめていると不幸なままで、変われない。傷は自分のせいじゃなくことも、いっぱいある。なので、傷を負った自分を許して、不幸なままでいることに“さよなら”して、幸せになろうと強く決意することが、誰かとつながるうえで大事なんだと撮影中によく考えていて、まさにぴったりな曲だと思いました。

牛丸: ありがとう、書けてよかった。
枝: 人に頼んで、自分では届かないところまで作品を広げてもらえる瞬間って私は大好きだから、自分の直感を信じてよかったと思いました。あんまり、脚本読み込んでないはずなのに、すごいよ。
牛丸: 最初の1、2話は読んだんだけど、自分のことに集中して書くほうがいいかなと思ってやめました。だから、その先も読んでないから、ふつうにドラマ楽しんでる(笑)。
枝: さすがだなあ(笑)。