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#ART & CULTURE

CINEMA FREAK!! Vol.17 『ANORA アノーラ』

Text:Mikiko Ichitani

Edit:FREAK MAG.

サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。

 

 カンヌ国際映画祭で〈最高賞〉パルムドール受賞。アカデミー賞では、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、主演女優賞の5冠を勝ち取り、大躍進を遂げた『ANORA アノーラ』。劇場公開されている今のうちに、インディペンデント映画でありながら世界中の映画人から絶賛されるこの作品の魅力について振り返ります。

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

タイトル:『 ANORA アノーラ』

 監督・脚本・編集: ショーン・ベイカー

出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン

配給: ビターズ・エンド ユニバーサル映

2024年製作/139分/アメリカ

公式HP:https://www.anora.jp/

<あらすじ>

 NYでストリップダンサーをしながら暮らす“アニー”ことアノーラは、職場のクラブでロシア人の御曹司、イヴァンと出会う。彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”になったアニー。

パーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごした二人は休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚!幸せ絶頂の二人だったが、息子が娼婦と結婚したと噂を聞いたロシアの両親は猛反対。

結婚を阻止すべく、屈強な男たちを息子の邸宅へと送り込む。ほどなくして、イヴァンの両親がロシアから到着。空から舞い降りてきた厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開ける――。

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)や『レッド・ロケット』(2021)など、アメリカで生きる労働者階級、ひいてはポルノ男優や売春で生計を立てるセックスワーカーたちを主人公に、世の中の偏見や階級社会、家父長制といった広く蔓延る問題をエンターテイメントのなかに組み込んできたショーン・ベイカー監督。

 

映画作りの全ての工程に携わるショーン・ベイカー監督は、一晩にして監督賞・脚本賞・編集賞・作品賞という4つのオスカーを受賞するという快挙を達成しました(個人で4つのタイトルを獲得するのはウォルト・ディズニー以来71年ぶり!しかも1作品での受賞は史上初!)。

 

 

映画のオープニング、テイク・ザットの「Greatest Days」に合わせて男性客にまたがる女性ダンサーの姿が右から左へと映し出され、サビに向けて盛り上がるメロディに合わせて、髪を振り上げる主人公アノーラをカメラが捉え、弾けるような高揚感とともにタイトルが現れます。

 

もうこの完璧な映像と音の連動に気分は最高潮!始まって数分でこりゃ傑作だと確信しました。

冒頭でアノーラの仕事ぶりを俯瞰して観察できるシーンがあるのですが、それがまたかなりのやり手。プライドを高く持って、求められるペルソナを一人ひとりの顧客に合わせて演じ切る姿が印象的です。

 

アノーラを演じたマイキー・マディソンは、もともとダンスが苦手だったといいますが、数ヶ月の特訓、そして実際にクラブで働く女性たちのコミュニティに入り込み、細やかな立ち振る舞い、ニューヨークに住む人々の独特な訛りを見事なまでに習得しています(マイキー・マディソンはロサンゼルス出身)。

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

徹底した役作りによって生み出される誘惑したり、怒ったり、笑ったりといった仕草はどれもリアルで、聡明さすら感じます。セックスワーカーのシンデレラストーリーという触れ書きから、どこか後ろめたさを感じさせるような内容を想像しますが、そこはさすがショーン・ベイカー。

 

これまでの作品に出てくる主人公たち同様に、権力構造のなかでは弱い立場だとしても、プライドを持って目の前の仕事を行い、生き生きとサバイブしていく姿を魅力的に捉えています。

マイキー・マディソンがパンフレットの中でコメントしているように、ショーン・ベイカーはセックス・ワークの汚名を返上すること、そしてコミュニティの中で疎外されている人々の物語を語ることに自身のキャリアを捧げてきた人。

 

ショーン・ベイカー自身もあるインタビューで「この作品が伝えたいのは、権力構造と地位の階層の段階にいる人への敬意」と答えていて、人物の捉え方からその強い意志がしっかりと伝わるものになっていると感じました。

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

とはいえ、あくまでエンターテイメント。

 

ニューヨークで働くラップダンサーが、ロシアの若き御曹司イヴァンと出会い、恋に落ちる。そして結婚からの反対というところまではあらすじにもあったので、ワンナイトくらいのスピード感で物語が進むのかと思いきや、かなりじっくりと丁寧に二人の距離感を描いていきます。

 

映画を観ながら私はディズニーランドのスプラッシュ・マウンテンを思い出しました。コースターに乗っている大半はファンタジックな世界で陽気な音楽とともに進みますが、中盤から事態が悪化してどう落ちるのか予測のつかない危険がまとわりついてくる。

そしてひとつの谷を猛スピードで下ってから必死で重力に抗いながらラストに向かって走り続けます。

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

 

人生は山あり谷ありだとかいうけれど、谷のあとに相応の山が来るとは限らない。

それでも日々戦って、自分の人生を必死に守っていかないといけない。

職業柄そういった防衛本能や勘の鋭いアノーラは、無意識に“アニー”という強くて、セクシーな女性像を演じ続けることで自分の心を守っています。

 

イヴァンからの夢のようなオファーに対して素直に喜びを表現しながらも、あくまでビジネスとしてのスタンスを保とうと務めているし、状況が不利になったタイミングではスマートに身の振り方を計算してその場を対処していく。

 

女性性も全て総動員で、文字通り全力で幸せを掴むために戦い続ける新しいヒロイン像は痛快であり、全ての騒動を終えて武装が解けるひとときは悲しみと安堵が入り混じったとても複雑な感情を突きつけられました。

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

 

不幸が降りかかるのはアノーラだけではないというのもこの映画の魅力のひとつ。

幸せな時間をぶち壊しにやってくるイヴァンの見張り役として雇われたアルメニア人のトロスとガルニクもニューヨークの東欧コミュニティにおける権力構造に振り回されています。

 

ヒエラルキーのトップであるイヴァンの両親からすれば、最愛の息子が “売春婦”と婚姻契約を結ぶなんて絶対的にあってはならないこと。トロスにおいては家族の洗礼式を放り出すほどの一大事で、彼のストレスはその後のシーンからも常に伝わってきます。

 

好き放題に散財しまくるイヴァンもまた超がつくほどの内弁慶。両親(特に母親)へのコンプレックスが強く、自由に生きることが叶わない未来を諦めて破天荒な日々を送っているという背景が見えてきます。

 

ものすごくバカだな〜と思いながらも、その刹那的な奔放さがすごく辛い…!

 

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

その点では、財も野望もないイゴールが一番自由でフラット。

 

無表情でぶっきらぼうに見えるけれど、芯が強くて、どれだけアノーラに罵倒されても、暴力的に抵抗されても傷つけないように一生懸命向き合う姿が愛おしいのです。

言われるがままに用心棒としてイヴァンの屋敷にやってきて、屋敷を出るころには「もう帰っていいか?」と言えちゃうくらい何にも縛られていないキャラクター。

 

それぞれの目線で作品を観ることで、悲喜交々の人生讃歌としても楽しめるなと感じました。

 

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

 

 

アカデミー賞の授賞式では、監督賞を受け取ったショーン・ベイカーがスピーチのなかで語った次のスローガンが印象的でした。

 

 

“フィルムメーカーの皆さん、大きなスクリーンのための映画を作り続けてください。僕は必ずそうします。

配給会社の皆さん、まず何よりも映画の劇場公開に集中してください。僕のためにそうしてくれたNEONには心の底から感謝しています。

親御さんたち、子どもたちに映画館で長編映画を見せてあげてください。そうすればきっと次世代の映画ファンやフィルムメーカーが育っていくはずです。

そしてすべての皆さん、可能な限り映画は映画館で観てください。映画館に行くという素晴らしい伝統を守り続けましょう”

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

インディペンデント作品として製作された本作は、少ない撮影予算のなかでも機材や手法、色彩設計、音の細部にいたるまで強いこだわりと映画愛に溢れています。

大きなスクリーンや没入感あふれる音響設備など映画館という特殊な環境だからこそ感じられる感動や興奮というのは確かにあるはず。

 

配信サービスが発展するにつれて、劇場公開から一週間も経たずに自宅やスマホから観ることができたり、なんなら劇場公開をしないという作品も増えています。

大衆向けのアニメ映画や国内の資本のついた超大作以外はプロモーションも少なく、賞レースで脚光を浴びた海外作品も公開から一週間ほど経つと空席が目立つということもしばしばあるのが現状。(個人的に映画が始まる前の企業広告がどんどん増えていることにも映画文化の危機を感じます)

 

 

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

映画は確かに娯楽のひとつだけれど、他者とのつながりや知らない世界について考えるきっかけになったり、自分自身の可能性を広げてくれるかけがえのない存在だと私は思います。

 

物事の進むスピードが早くなって、インターネットで溢れる世論に意思決定を左右されることが増えていく今だからこそもっともっと観て、知って、考えることを自覚的にしていかないと、空虚で思いやりのない感情に支配されてしまいそうで恐怖すら感じるのです。

 

『ANORA アノーラ』はまさに知らなかった世界や感情、目の前にあるけど考えようとしなかった問題について、登場人物たちに振り回されているうちにハッと考えさせられる作品。

スクリーンで観られるうちに、それぞれのキャラクターや彼らの生きる社会について考える時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

 

 

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