サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
今回は、多様な人種が集まるサンフランシスコ州フリーモントにある、小さなフォーチュンクッキー工場で働くアフガン女性が主人公の映画『フォーチュンクッキー』をご紹介。くすりと笑えるオフビートな会話劇に込められた、幸せへの葛藤や願いに学びや共感、癒しの詰まった一本です。
© 2023 Fremont The Movie LLC
タイトル:『フォーチュンクッキー』
監督:ババク・ジャラリ
出演:アナイタ・ワリ・ザダ、グレッグ・ターキントン、ジェレミー・アレン・ホワイト
配給: ミモザフィルムズ
2023年製作/91分/アメリカ
<あらすじ>
カリフォルニア州フリーモントにあるフォーチュンクッキー工場で働くドニヤは、アパートと工場を往復する単調な生活を送っている。母国アフガニスタンの米軍基地で通訳として働いていた彼女は、基地での経験から、慢性的な不眠症に悩まされている。
ある日、クッキーのメッセージを書く仕事を任されたドニヤは、新たな出会いを求めて、その中の一つに自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませる。すると間もなく1人の男性から、会いたいとメッセージが届き…。
先日、映画館で流れる予告のなかでひときわ気になった映画、それがこの『フォーチュンクッキー』でした。
以前こちらでも紹介したドラマシリーズ「一流シェフのファミリーレストラン」で一躍ときの人となったジェレミー・アレン・ホワイト目当てというのもありますが、初期のジム・ジャームッシュ作品のような、モノクロのフィルムにオフビートな会話劇、そして牧歌的なヴァシュティ・バニアンの歌声に、気づけばすっかり惹き込まれていました。
© 2023 Fremont The Movie LLC
イラン出身のイギリス人監督、ババク・ジャラリがメガホンをとった本作。なんといっても、普段なかなか見ることのない、アメリカに暮らすアフガンコミュニティの姿を静かに映し出しているのが新鮮でした。
主人公のドニヤを演じるのは、アフガニスタン出身で今回が映画初出演のアナイタ・ワリ・ザダ。母国ではジャーナリストとして10代の頃から活躍し、2021年のタリバン復権を機に姉と共にアメリカへと渡ってきた移民のひとり(姉のタバンも友人のミナ役で本作に出演しています)。
ドニヤと同様に激動の人生をこれまで歩んできたアナイタは、孤独を抱える繊細な主人公を思慮深く演じていて、ささやかな視線や微笑み、動作のひとつひとつに光るものを感じます。
© 2023 Fremont The Movie LLC
ほかにも、ドニヤの働くフォーチュンクッキー工場の中国人オーナーや、アメリカ人の同僚、睡眠薬をもらうために通う精神科で出会ったセラピストなど、彼女の生活を取り巻くのは一見個性的でユーモラスなキャラクターばかり。それぞれが心優しく、どこか不器用だけれども孤独に寄り添おうとする姿に気持ちがほっこりするのです。
本作の最大の魅力はなんといっても、優しい言葉と思いやりの数々。まさに、フォーチュンクッキーのなかから出てくるお守りのような言葉たちが、物語のあちこちできらきらと輝いているのです。
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フォーチュンメッセージは意図があろうがなかろうが物事の流れに影響を与えるもの。過去・現在・未来を肯定したり、ちょっとだけ希望が持てるような気がしたり。
そんなフォーチュンメッセージの優れた書き手は、愛を語ることができると信じる工場のオーナーは、急逝した前任者に変わってドニヤを指名。思い出を背負って生きる彼女ならではの心に響く言葉が書けるはずだと背中を押します。
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セラピストもまた、「うれしいことや悲しいことがあったら紙に書き出して心を楽にしてやるといい」とジャーナリングを勧め、見よう見まねで作った自作のフォーチュンメッセージでドニヤを励まします。
感化されたドニヤは「タフな仕事のあとにはご褒美が」、「あなたは幸せを追わず作る人」といった中庸なメッセージのなかに潜り込ませた、「どうしようもなく幸せになりたい」というメッセージに自分の電話番号を添え、変わりたいという切実な願いを 込めるのでした。
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ちなみに、舞台となるサンフランシスコ州フリーモント周辺は、1980年代以降多くのアフガニスタン人が流れつき、全米最大規模のアフガンコミュニティへと発展したエリア。ドニヤの住むアパートや近所のレストランなど、近隣には同郷の人々が多く暮らし、日々支え合う様子も物語のなかでしっかりと描かれています。
ドニヤを含め、子供から大人まで不眠に悩んでいたり、(ドニヤの場合は劇中でPTSDと診断されています)、ドラマを観ていることを祖国に知られたくないレストランの店主など、ユーモア漂う会話のなかには、彼らの境遇や心情を垣間見る瞬間も。
米軍で通訳として働いていたドニヤは、祖国では“裏切り者”と呼ばれ、アメリカに来たところで居場所もない。ドニヤ自身も生きるためと割り切りながらも、家族を祖国に置いてアメリカへと渡った自身を心のどこかで責め続けています。
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自分も幸せになっていいのか、故郷であるカブールの人々が今もなお命の危機にあるときに恋をしたいと思うのは普通……?
そんなささやかで切実な悩みを吐露するドニヤに対して、隣人のサリムは「君の心が苦しみを抱え続ける限り、そして君が過去を忘れてしまったり最低な奴にならない限り堂々と恋していい」と優しく語りかけます。
ドニヤのような境遇にいなくとも、今この瞬間にも起きている悲劇や先行きの不透明な未来、個人のなかに抱える葛藤や大小さまざまな罪悪感が、自分自身の可能性や些細な欲望をすらもセーブしてしまうということは往々にしてあるような気がします。
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それでも続いてゆく毎日のなかで明日を変えるのは、まさにフォーチュンクッキーに託されるような平凡で普通のメッセージなのかもしれません。大きな幸運でなくとも日常のなかに小さく灯る幸せを見過ごさずに、大切に抱えること。
“続いていく暮らし / 他愛のない会話 / 隣には愛する人 / ダイヤモンドのような日”
この劇中で度々流れるヴァシュティ・バニアンの「Diamond Day」の歌詞に刺激されて、なにも起きないシーンで思わず涙が溢れるような不思議な感覚がありました。全編を通して描かれる登場人物たちの不器用な優しさ、主人公のささやかな抵抗と成長を眺めるうちに、心のなかで絡まっていた緊張や違和感がほどけ、じんわりと穏やかな気持ちへと変わってゆくはず。
まるでセラピーのような心をほぐしてくれる映画の時間をぜひ映画館で楽しんでみてください。
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