世界一過酷なモータースポーツと言われる「ダカールラリー」。かつては「パリダカ」の愛称で親しまれたこのバイクレース競技に、2026年1月、たった一人の日本人ライダーがプライベーター(個人参戦)として挑み、見事完走を果たしました。
彼の名は、藤原慎也。なぜ彼は死と隣り合わせの砂漠へ向かったのか。未知の領域へ飛び込む恐怖や、大人になってから夢を持つことの難しさ。FREAK MAG. が話を訊くと、そこにあったのは単なるレース論ではなく、我々の日常にも通ずる「選択と決断」の物語でした。
孤独な砂漠で見つけた、ラリーレイドの精神
ーー藤原さんのバックボーンと、そもそも「ラリー」とはどんな競技なのか改めて教えてください。
藤原:兵庫県出身で、現在36歳になります。7歳から父親の影響でオートバイ競技を始め、24歳の時には、自然の地形をいかに足をつかずに越えていくかを競う「トライアル」という競技で全日本チャンピオンになりました。そこから活動の幅を広げ、最終目標地点として今回の「ダカールラリー」に挑戦しました。
「ラリー(ラリーレイド)」とは、トライアルとは異なり、砂漠などの大自然をハイスピードで走り抜ける耐久レースです。同じオフロードバイクを使うそれぞれではありますが、たとえば「同じ球技であっても野球とサッカーくらい質が違う」と表現しても過言ではないほど、まったく違うものなんです。
ーーメーカーの看板を背負うワークスチームに対し、藤原さんは予算もすべて自分で工面するプライベーターとして挑まれました。たった一人での挑戦には、強烈な孤独感もあったのではないでしょうか。
藤原:かなり孤独でしたね。まさに一人でサウジアラビアに向かったので、現地の空港に着いた瞬間から「どうしよう」という状態でした。食事も一人ぼっちでしたし、巨大なキャンプ地は直径1キロ以上もあり、日本の自動車メーカーのチームがいても歩いて20分ほどかかる。孤独な砂漠でずっと自分自身と対話している感覚でした。
ーー過酷な個人競技でありながら、レース中には選手同士が助け合う場面もあると聞きました。
藤原:ダカールラリーには「助け合いの精神」が深く根付いているんです。たとえライバルであっても、怪我をしたりマシンが壊れたりしている選手がいれば、見捨てて通り過ぎることはありません。人助けで消費した時間は後で競技時間から差し引かれる仕組みもありますが、それ以上に「共に砂漠を越えていく」という連帯感が根底にあります。
僕自身もタイヤが壊れて立ち往生していた選手を助けたり、逆に自分が転倒した時は後ろのライダーに声をかけられたり。個々の戦いでありながら、同じ冒険に挑む者同士の絆があるんですよね。
死と隣り合わせの、極限の “ながら運転”
ーー読者からすると砂漠をバイクで走る情景はロマンチックにも思えますが、実際は常に死を意識する環境ですよね。
藤原:ステージ2日目に10メートルの崖から落下し、本当に「死んだ」と思いました。結果的に鎖骨を骨折したのですが、医者からは「このまま続けたら骨が飛び出て開放骨折になるかもしれない」と忠告されました。地獄のような痛みで辞めたいと思ったことは何度もありましたが、自分の今の挑戦をビビって諦めるという選択肢はありませんでした。
ーー時速100キロ以上で道なき道を走り続ける精神状態は、想像を絶します。
藤原:はっきり言うと、極限状態での “ながら運転” なんです。断崖絶壁の荒れたダート道を走りながら、ハンドルに設置されたロードブックというナビを注視し、次の分岐を確認し続ける。一瞬でも気を抜けば崖下に転落するような環境で、1日400キロから500キロを走ります。さらに気温が50℃近くに達する場所もある、口の中の水分が一瞬で干からびてしまうことも。衛生状態や騒音で眠れない夜も含め、極限状態での自己管理が求められるレースなんです。
夢がなくても、ロマンは描ける。彼が見据える未来への歩み
ーーいまの時代、何かに熱くなったり大きな夢を持ったりすることに対して、どこか冷めた視線を持つ人も少なくないと感じます。藤原さんは、未知の領域へ踏み出す覚悟をどう捉えていますか。
藤原:僕も小学生の頃は将来の夢なんてなくて、テキトーに書いていたくらいなので、大人になってからいきなり「夢を持て」と言われてもハードルが高いのはよくわかります。でも、夢を持つのは難しくても、自分の憧れや理想である「ロマン」を抱くことは、そこまで難しくないと思うんです。
「バイクで北海道を走ってみたい」でも「いい服が着たい」でも、「異性にモテたい!」でも、何だっていい。そのロマンを楽しみながら叶えていく間に、それがいつか夢になっていくんだと思います。
ーー覚悟を決めるというより、ロマンに従って選択を重ねるイメージでしょうか。
藤原:人生は、選択と決断の連続ですからね。何もしなければ今の場所に居続けることができますが、次のステージに進むためには、自分自身の意思で決定を下さなければならない。目の前で困っている人を助けるのか、踏み出すのか。そういった日常の小さな選択の積み重ねが、人生をより華やかなものに変えていくのだと信じています。「覚悟」ほど大それたものでなくとも、まさしく「ロマン」ですよね。
ーー目標であった完走を叶えたいま、次に見据えているものは。
藤原:全く燃え尽きてはいません。むしろ、もっとやりたい気持ちでワクワクしています。今回は完走こそしましたが、骨折の影響でスピードを落とさざるを得ず、悔しくて移動中に勝手に涙が出てくるほどでした。次の目標は、日本人最上位記録を破ること。人生に満足の境地はありませんし、これからもひたむきに努力し続けていきたいです。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
藤原:ダカールラリーの創設者であるティエリー・サビーヌが残した、「冒険の扉は用意した。開くのは君だ。望むなら連れていこう」という言葉があります。これって、僕らのようなラリーの世界だけではなくて、一般の人たちの人生にも同じことが言えると思うんです。
どんな冒険の扉も、やっぱり自分で開いていかなければ、誰も代わりには開いてくれません。その扉をいつ開くのか、どんなスピードで進むのかも、すべて自分自身の「選択と決断」次第ですからね。
インタビュー時に持参してくれた、サウジアラビアの砂が入った自作の砂時計。レース終盤の砂丘で転倒した際、「砂を持ち帰るなら今しかない」と咄嗟にポケットに詰め込んだものだという。何分計なのかは本人も「正直わからないんです」と笑うが、その予測不可能な余白にこそ、決してマニュアル通りにはいかないラリーの魅力と、彼が追い求め続けるロマンが詰まっているのかもしれない。





