サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
今回は、美しい海辺の街で起こるどこか変わった人々の悲喜交々を描いた日本映画『海辺へ行く道』をご紹介。この季節にぴったりのサマームービーかつ、新しい季節のスタートにそっと背中を押してくれる作品です。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
タイトル:『 海辺へ行く道』
監督:横浜聡子
出演:原田琥之佑 / 麻生久美子 / 高良健吾、唐田えりか、剛力彩芽、菅原小春
配給:東京テアトル
2025年製作/140分/日本
<あらすじ>
アーティスト移住支援をうたう、とある海辺の街。のんきに暮らす14歳の美術部員・奏介(原田琥之佑)とその仲間たちは、夏休みにもかかわらず、演劇部に依頼された絵を描いたり、新聞部の取材を手伝ったりと毎日忙しい。街には何やらあやしげな“アーティスト”たちがウロウロ。
そんな中、奏介たちにちょっと不思議な依頼が次々に飛び込んでくる。ものづくりに夢中で自由奔放な子供たちと、秘密と嘘ばかりの大人たち。果てなき想像力が乱反射する海辺で、すべての登場人物が愛おしく、優しさとユーモアに満ちた、ちょっとおかしな人生讃歌。
オール小豆島ロケで撮影された『海辺へ行く道』は、海を超えて第75回ベルリン国際映画祭へ。
ジェネレーション部門Kplus にて正式上映され、特別表彰を獲得しました。
また、開催中の瀬戸内国際芸術祭・2025に映画として初めて参加するなど、映画の枠にとどまらない可能性を秘めた作品です。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
原作は知る人ぞ知る、孤高の漫画家・三好銀による同名漫画。一話ごとのオムニバスとして、淡々と、けれども刹那的に人々の日常をユニークに交差させて描いた『海辺へ行く道』シリーズ(全3巻)は、どこか変で、何かが起こりそうな怪しい出来事がたくさんあるのに、決して劇的に描くのではなく、さらっと受け入れて流れてゆくような読後感が癖になります。
監督の横浜聡子さんが原作の大ファンだったということもあり、動き出した映画化への道。唯一無二の三好銀ワールドと横浜聡子作品のユーモア、脇を固めるベテランキャストとのびのびとしたフレッシュな若手キャストのコラボレーションがとにかく必見なのです。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
とくに目を惹くのが、本作が映画初主演となる原田琥之佑くんや後輩の立花役の中須翔真くんなど10代ならではの瑞々しさを振りまく若手俳優たちです。
ぼーっとしているかと思えば、ぽんっと溢れる言葉が鋭かったり。子供と大人のはざまで膨らみ続ける感受性がちょっとした言動から感じられて、オフビートな展開にきらめきを与えています。
また、キャストの面で個人的に印象に強く残っているのは、唐田えりかさん。外の街からやってきた謎の女という役柄で、ミステリアスさと天真爛漫さが共存した魅力的なキャラクター。登場シーンは決して多いわけではないのですが、圧倒的な存在感でひと夏の忘れがたいヒロインを演じきっています。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
あとは、Dos Monosのトラックメイカー/ラッパーとしても活躍する、荘子 itによるサウンドトラックも必聴です。映画の色味にあった突き抜けるような明るさと奇妙さが混ざり合った、一度聴くと癖になるトラックの数々が物語にゆるくビートを加えています。
エンディングテーマの「La chanson de Yoko」は、横浜聡子監督による歌詞や劇中の台詞のオーバーラップが心地よく、これまた癖になること間違いなし。
主人公の奏介は美術部と新聞部を掛け持ちしていて、演劇部の背景用の絵を描いたり、謎の美術コレクターに依頼された立体物を作ったり、街に溢れる小ネタの取材と大忙しに見えますが、本人は「暇だからね」とあっけらかんな様子。
小さい頃からスプーン曲げができるという特殊なエネルギーを持つ立花と自身のアトリエを構える高校生のテルオとともに、スランプとは無縁の創作生活を自由気ままに送っています。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
そんな彼らの発想はとにかく自由!劇中では、ロダンや岡﨑乾二郎、ピーター・ドイグらの作品が資料として出てきますが、高尚とされるアート作品に対して「ロダンってすけべだったのかなぁ」といった、ユニークで共感性に溢れた言葉を紡ぐ姿がとにかくすがすがしいのです。
大人になればなるほど、アートは分からないと話せないといった出自不明のしがらみが増えてくるように感じますが、本来はもっと自由なもの。
つくり手としても同様で、テルオが劇中で語る、「ものづくりってのは本来、肩書のためだったり、誰かに認められるためにやるもんじゃないの。ただ、やりたいからやるの。つまり、あらゆる芸術家は自称であるべきなの」という言葉に胸を撃ち抜かれたような気持ちになりました。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
そういった子供たちの視点と並行して映し出されるのは、大人たちのやましさやそれぞれの正義。とりわけ、終盤に登場する奏介のおば・メグの葛藤はとても身近な感情のような気がしました。
貸金業者のアート事業で働くメグは、アートや映画、本には無関心。契約違反のアーティストたちから借金を取り立てるために街へ帰ってくるのですが、彼女からしたら正体不明なアートという言葉は価値も測れない厄介な存在なのかなと感じました。
友人や後輩、甥っ子にことあるごとに現金を渡して、好意を伝えたり、物事を円滑に進めようとするメグなりの処世術はこの世界のなかでどこか滑稽さがあります。対して、奏介やアーティスト気質の男性に惚れやすい友人の理沙子はどこまでもまっすぐで、純真。
分かろうとすることを諦めたメグが、身近な人々の純真さに触れることでふと立ち止まり、彼らが大切にしている感情や感性を分からないなりに信じようとじわじわと解放されていくさまが描かれ、心地よい結末へと向かっていきます。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
大人も子供も関係なく、凝り固まった思考や偏見をふにゃふにゃにして、いろんな色を混ぜて、「こういう摩訶不思議なことってあるのかな」とか、「この人はなんでこういうことをするんだろう?こういう格好をしているんだろう」なんて気になることを身近な人や自分自身と対話してみる。それがきっと広い世界や楽しい色とりどりの人々を受け入れるための第一歩なのかもしれません。
最近なんだかうまくいかないなーとか、気分を切り替えたい、視野を広げたいといったモヤモヤを持っている現代人のみなさん。
アーティストであろうがなかろうが、それぞれの日常を作るうえで大切な自由さを改めて気づかせてくれるこの映画は、ある意味処方薬のような存在になってくれるんじゃないかなと。夏の終わりにぜひおすすめしたい一作です。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
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