UPDATE : 2022.09.20

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#BEAUTY & HEALTH

美しいものの備忘録
01:箸置き/タイル/信号機

Text:Rie Kimoto
Edit:Taiyo Nagashima

私はクリエイティブディレクターとして、商品やイベント、商業施設など、あらゆるブランドを作る仕事をしている。対象の中に「実はここって最高だよね」という見えない価値を見出して、伝わってほしい相手にちゃんと伝わるように表現するのが仕事だ。

 

 

見えづらい価値を見出すには、目の解像度をググッとあげる必要がある。そんなことばかりしていると、日常的にもいろんな感覚に敏感になり、街の広告のノイズにうなされたり、人の言葉の真意を考察して不安になったり、遠く未来のスケジュールまで心配になったり、けっこう大変だ。物事の良いところだけに気づける目だったら都合がいいのに、そうはいかない。全方位的に解像度が上がってしまうのだ。

ある時、そんな悩みを京都は建仁寺・両足院の副住職である伊藤東凌さんに相談してみたら、思いがけない答えが返ってきた。

 

 

「夜、眠りに就く前に、その日美しいと感じたものを三つ数えてみてください」

 

あまりにも具体的な提案。一体どういうことだろうか。人には元来”ネガティビティバイアス”という、不安を強く察知する性質が備わっている。これは狩猟採集の時代において「お花が綺麗だわ」なんてぼんやりしているうちにライオンに食べられてしまわないように身についた、危険を回避するための生存本能。不安を抱えた状態はある意味正常で健全なのだと言える。

 

 

けれど、その不安が常に正しく作用するわけではない。情報が洪水のように押し寄せる現代社会で、ネガティビティバイアスと適切に付き合うのは難しい。そこで「美しさを数える」プロセスが効くのだろう。心をポジティブに保つ筋トレは、思考や感性を深め、広げてゆく。それは、自分の仕事の本質に迫るような気づきでもあった。

 

この連載では、日々の生活の中で私が見つけた「美しいもの」を記録してゆく。あいまいで、多様で、説明のつかない「美しさ」を記録し続けることが、私自身の日々の生きやすさにつながり、仕事の糧になり、そして読んでくれたあなたの「美しさを数える」きっかけになったらいいと思う。そんな思いを胸に、個人的な備忘録をしたためていく。

箸置きに夏を読む

この夏、修禅寺にある「あさば」という旅館に行ってきた。500年以上前の室町時代に創業した歴史ある温泉宿。女将と名刺を交換したら「あさば」さんという名前で、薄い名刺がずっしり500年分重く感じた。猛暑の中、生けられた紫陽花や飾られた団扇、夏障子、溶けゆく氷飾りなど、視覚的に演出し得る涼は全て網羅しましたよというような宿の気概に圧倒されていたところ、夕食の折、氷を固めたような箸置きが食卓に置かれた。透明なはずのそれが、なんだか青かったり緑であることに気づいて覗くと、庭の池と木々が写り込んでいる。夕暮れどき、箸置きに悠々とりこまれた修禅寺の夏。その小さな小宇宙に夏を読むうちに、湯上がりの汗も、気づけば引いていた。

大きめタイル2枚ぶん

遠く郊外のコンビニエンスストア。なんだか踊りたくなるコンビニで、なんでだろうかと思ったら、お菓子売り場の通路がやたらと広く、ざっくりタイル2枚ぶん。これが新宿あたりだと、すれ違うのも一苦労。「す、すみません」なんて消えそうな声で主張しながら、買い慣れたピュレグミを握りしめてレジへと向かうのが精一杯だろう。一方ここは大きめタイル2枚ぶんのコンビニなので、他人同士が両側で新作のお菓子を吟味するのにもじゅうぶん。人に優しくなれそうだし、新しい挑戦もできそう。いつだってタイル2枚ぶんくらいの心の余裕がほしいもんだと床を見つめた。美しさとは、空間にも精神にも、常に余白をもたらすことなのかもしれない。

信号に左右される街

飛騨古川の夜道を歩いていると、街全体がふわっと青い。ぼーっと見ていると、次の瞬間途端に赤い。この街の夜はしんと暗く、ここぞとばかりに信号が、夜の街を照らす主役に躍り出る。街はそのリズムに身を任せる他なく、夜通し赤青を繰り返す(夜間、黄色は点灯しないらしい)。見上げれば星がビカビカ光ってる。都会の夜は明るくて、信号の光の色を意識する余地はない。真っ暗故に信号に左右される受け身な街が、なんだか愛しい。そういえば、都市の光のもとでは、植物の発芽が遅れたり、夜行性の昆虫の活動が鈍くなったりするらしい。人間になんの影響もないとは言い切れないだろう。時折真っ暗闇に身を置くような、都市の光のデトックスが、私達にも必要なのかも。

PROFILE

  • 木本梨絵

    1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。日本の里山に眠る可食植物の研究をする「日本草木研究所」共同代表。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。自らも事業を営みながら、さまざまな業態開発やイベント、ブランドの企画、アートディレクションを行う。グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑等受賞。2020年より武蔵野美術大学の非常勤講師を務め、店舗作りにおけるコンセプトメイキングをテーマに教鞭を執っている。

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