サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
今回は、ジョシュ・サフディ監督×ティモシー・シャラメのタッグで話題をさらった『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』をご紹介。1950年代のニューヨークを舞台に、実在の卓球選手マーティ・リーズマンの人生に着想を得た本作は、アカデミー賞9部門ノミネートにも頷ける、疾走感とユーモア、そして意外な深みのある一本です。
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タイトル:『 マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』
監督:ジョシュ・サフディ
脚本:ジョシュ・サフディ、ロナルド・ブロンスタイン
出演:ティモシー・シャラメ、グウィネス・パルトロウ、オデッサ・アザイオン、ケビン・オレアリー、タイラー・オコンマ
配給: ハピネットファントム・スタジオ
2025年製作/149分/アメリカ
<あらすじ>
女たらしで嘘つきで自己中。だけど卓球の腕前だけはピカイチのマーティ。NYの靴屋で働きながら、世界チャンピオンになって人生一発逆転を目指す。そんな中、不倫相手のレイチェルが妊娠、卓球協会からは選手資格はく奪を言い渡される。万年金欠のマーティはありとあらゆる手を使って選手権への渡航費を稼ごうとするが——
どかっと羽織ったコートにぶかぶかのトラウザー。普通に真似したらイモっぽくなること間違いなしなスタイリングがおしゃれに見えちゃうから、「やっぱりティミー(ティモシー)って素敵」なんてティーザー映像にうっとりしながら公開を待ちわびていた本作。
ティモシーは本作でプロデューサーも兼任していて、マーケティング会議のzoomをSNSに公開したり(おふざけ100%のコントですが)、イギリスの覆面ラッパーEsDeeKidとのコラボMVの公開、自身が愛用するロサンゼルスのストリートウェアブランド「NAHMIAS」とのコラボアイテムを、恋人のカイリー・ジェンナーやミュージシャンのフランク・オーシャン、NBAの大スターレブロン・ジェームズらへギフティングして拡散させるなど、プロモーションの既成概念を超えた斬新な仕掛けの数々は、みなさんも記憶に新しいかと思います。(悲願のアカデミー主演男優賞は果たせなかったけど、プロモーション賞を新設してティミーを讃えたい…!笑)
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『グッド・タイム』や『アンカット・ダイヤモンド』で知られる鬼才サフディ兄弟の兄、ジョシュ・サフディが満を持して単独監督を務めた本作。50年代に活躍した実在のユダヤ系アメリカ人卓球選手マーティ・リーズマンをティモシーが演じ、ゴールデングローブ賞で主演男優賞を受賞、アカデミー賞でも主要部門を含む9部門でノミネートを果たした話題作です。
サフディ作品が初めての人たちの感想で多いのは、「うるさい」「主人公の言動にイライラする」というもの。誰しも心理的に落ち着くビートや求めるストーリーがあると思うので、その直感的な感想はもう仕方がない! だって、そうなんだもん。
それでも、もう少しこの作品を楽しんでみたいという方に向けて、私の感じた魅力や気になったポイントをまとめていこうと思います。
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初めて観終わった瞬間に頭の中を占めていたのは、音楽について。
物語の導入では、1984年のヒットナンバー『Forever Young』に合わせて、発射されたばかりの生き急ぐ精子の大群をカメラが追いかける映像が。50年代を緻密に再現した舞台美術や衣装によってマインドセットされた直後にこのシークエンス。「なんじゃこりゃ」となりながら、無数のおたまじゃくしと共に駆け抜けるようにこの映画の世界へと没入してゆきました。
ジョシュ・サフディ曰く、映像と音楽の時代背景のズレは意図的なものなのだそう。本作は「時代劇ではなく、1952年に撮られた現代映画」とのことで、当初のエンディングプランでは、主題歌となった『Everybody Wants To Rule The World』を演奏するティアーズ・フォー・フィアーズのコンサートを年老いたマーティが孫娘と一緒に観るシーンで終わる予定だったのだとか。
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歴史的に見ても、戦後アメリカの豊かさや繁栄へのノスタルジーに満ちていた冷戦の終結間近の80年代後半。名作SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で1985年に生まれたデロリアンの行き先が1955年というのも、改めて納得しちゃいます。
劇中のスコアを手がけるのは、サフディ作品の常連となった音楽プロデューサーOneohtrix Point Neverこと、ダニエル・ロパティン。80年代以降の消費社会へのアンチテーゼやノスタルジーを表現すると定義されているヴェイパーウェイブの生みの親とも言われる彼の楽曲がまたいい!
フォアとバックの切り替えともつながるような、マーティの日々の選択、そしてその因果応報に呼応する映像と音楽に包まれて、血中の酸素がドバドバと流れ出すような感覚はぜひ劇場で体験してほしいです。
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音楽に加えてもうひとつ、歴史的な視点で気になったのが、当時のユダヤ系アメリカ人たちの生き方について。
昨年のアカデミー賞候補になった『ブルータリスト』を観たときに、主人公の成功への執着の背後には異なるアイデンティティに同化せざるをえない環境がべったりとくっついていて、自由を得たようで負の気配に捉われているような陰鬱な描写が多くありました。『ブルータリスト』然り、当時のユダヤ人たちの物語は、ホロコーストの凄惨な環境を耐え抜き、同胞たちの死と悲しみのうえに生きているという被害者のフィルターを通して描かれがちです。
けれど本作のマーティは、そんなフィルターとはまるで無縁。強烈なナルシズムによって「自分はSupreme(最高だ)」という自己神話を信じて疑わず、嘘八百を武器にあの手この手でサバイブしていく。
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あまりの破茶滅茶さにイライラさせられる一方で、ここまで自分を信じて突き抜けられる若さが羨ましいという気持ちすらも浮かんできます。
劇中では自身を”ヒトラーの悪夢”と呼んだり、ハンガリー代表のユダヤ人選手との対決の前に「アウシュビッツにできなかったことやってやる」と笑ったり。トランプ大統領ですらも怯みそうなジョークを軽快に飛ばしていきます。
どこからどう見ても完全にアウトで炎上必至な場面ですが、当時の時代背景を考えるとユダヤ人というルーツとアメリカ人という二重のアイデンティティを持つ彼ならではの皮肉だなとハッとさせられました。
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ちなみにマーティにパトロン候補として目をつけられたペン会社の社長ミルトン・ロックウェルは、反ユダヤ主義者。息子の死はユダヤ人が引き起こした戦いのせいだと決めつけて、権力と財力を盾にマーティの夢の妨害をし続けます。
そして、その妻でありマーティに翻弄されるグウィネス・パルトロウ演じる女優のケイ・ストーンも実はユダヤ人という設定で、アメリカ人らしさのなかでしか生きられない、どこか閉塞感のあるキャラクターです。当時のアメリカ社会における、アメリカ至上主義者とユダヤ人との背後に横たわる複雑な関係性にも生々しいものがあります。
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これらの絡み合う思想表現は、自身もシリア系ユダヤ人として80年代に生まれ、映画の舞台であるNYで育ってきたジョシュ・サフディならではの価値観が大きく投影されているように思います。当時のステレオタイプなユダヤ人を描いた多くのアメリカ映画では、彼らのアイデンティティは弱き者として扱われ、社会のなかで目立たないことを求められてきました。
しかし、近年の国籍、人種、性別といった個々のアイデンティティを重要視する社会においては、そういった同化や沈黙はアイデンティティの死であり、いかにマーティのように自己主張して生きるかということが価値とみなされる時代。自身のアイデンティティに誇りを持つジェネレーションの変化によって、過去に確かに存在していたはずの人物の物語や感情が改めて掘り返されるような映画作りが今後も進んでいくのかなと思うと、すごくワクワクします。
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エンドウのモデルとも言われている、日本人で初めて卓球の世界王者になった佐藤博治という選手について、私はこの映画で初めて知りました。
国家レベルで渡航禁止令が出され、世界で孤立状態だった戦後の日本で最初にその状況から脱した人物。凱旋帰国のときには100万人以上が出迎えたという輝かしい歴史的瞬間を作りながらも、忘れ去られつつある物語。そういった当時の状況をフラットに、そして忠実に描くことに尽力したのもジョシュ・サフディならではと言えるかもしれません。
実際に上野公園で大型セットを組んで撮影された日本のシーンのリアリティは、ハリウッドが描く日本のなかでもかなり精彩な表現だったと思います。エンドウ役を演じた、東京2025デフリンピック卓球男子団体で銅メダルを獲得した川口功人選手の佇まいも見事でした。
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戦後アメリカにおける世界情勢や人種問題という切り口でも学びが多かった作品でしたが、監督のインタビューを読むともっと個人的な体験ともリンクしていることに驚きました。
前作の『アンカット・ダイヤモンド』の製作当時、必ず成功すると信じて毎朝目覚めては、資金調達やキャスティングのために奔走する日々だったのだそう。完成した映画は世界で高く評価され、成功=夢が叶ったと思った瞬間に、ここは本当のゴールではなくあくまで過程なんだと気がついたと当時の心境を振り返っています。
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監督自身、『アンカット・ダイヤモンド』の公開後に長年のパートナーと入籍を決意し、新しい生命を授かったということで、大きな夢のために四苦八苦した先のマーティの運命ともリンクする実体験を経て、生まれた本作。今、そしてかつてなにかに夢中だった大人たちみんなが経験したことのある、若さゆえの爆発にヒリつきと眩しさを感じる作品です。
もしかしたらマーティに対する嫌悪感の正体は、 自分の中にもいる(いた)マーティを見て見ぬふりしたいから、なのかもしれませんよ。
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