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#ART & CULTURE

CINEMA FREAK!! Vol.29 『スーパーガール』

Text:Mikiko Ichitani

Edit:FREAK MAG.

サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。

 

 今回は、新生DCユニバース第2弾『スーパーガール』をご紹介。マーベル一強時代が曲がり角を迎えつつある今、なぜ個人的にDCUの動向から目が離せないのか、その理由も含めて語ってみようと思います。

© & TM DC © 2026 WBEI

タイトル:『スーパーガール』

原題:Supergirl

監督:クレイグ・ギレスピー

脚本:アナ・ノゲイラ

出演: ミリー・オールコック、マティアス・スーナールツ、イヴ・リドリー、デヴィッド・クラムホルツ、エミリー・ビーチャム、デヴィッド・コレンズウェット、ジェイソン・モモア

配給: 東和ピクチャーズ=東宝

2026年製作/109分/G/アメリカ

公式HP:https://supergirl-movie.jp/index.html

<あらすじ>

 故郷クリプトン星を失った過去を持つカーラ・ゾー=エル(スーパーガール)は、唯一の心の拠り所である愛犬クリプトと静かに宇宙を旅していた。そんなある日、謎の敵・クレムの襲撃でクリプトが毒に侵されてしまう。解毒剤を求め、同じくクレムに家族を奪われた少女・ルーシーと宇宙最凶の賞金稼ぎ・ロボとともに、カーラは復讐の旅へと乗り出していく——。

そもそも「DC映画」自体にあまり馴染みがないという方も多いと思うので、少しだけ前提をおさらいしておきます。DCコミックスには、スーパーマンやバットマン、ワンダーウーマンといった有名なヒーローたちが実は同じ世界線に存在するという設定があり、それを映像化したものが「DCU(DCユニバース)」です。

 

マーベル・コミックスの世界観を映像化した「MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)」と混同されがちですが、マーベルはディズニー傘下、DCはワーナー・ブラザース・ディスカバリー傘下という、完全に別会社。日本で言うなら「少年ジャンプ」と「少年マガジン」のような、映画化される何十年も前から誌面上でシェアを奪い合ってきたガチのライバル出版社だと思ってもらえるとイメージしやすいはずです。

© & TM DC © 2026 WBEI

DCUは2025年、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズなどで知られる監督兼プロデューサー、ジェームズ・ガンがDCスタジオの共同CEOに就任したのをきっかけに、一から作り直された真新しいDC映画の世界線です。

 

厳密には2024年配信のアニメシリーズ『クリーチャー・コマンドーズ』に始まり、昨年公開された実写映画『スーパーマン』、映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』に登場した、平和のためなら人殺しも厭わない過激派ヒーローを主人公にしたスピンオフドラマシリーズ「ピースメイカー」(一応、シーズン2からがDCUと定義されている)。今回ご紹介する『スーパーガール』を含めても、まだ4作品しか存在しないので、今から追いかけるにはうってつけのタイミングだったりします。

© & TM DC © 2026 WBEI

ジェームズ・ガン自身、「MCUのように、ひとつの大きな悪役をめぐる物語を何本もの映画やドラマにまたがって語る、という作り方はしたくない」「観客に、”全部を観る宿題”をやらせたいとは思わない」という趣旨の発言をしていて、参考にしているのはスター・ウォーズのルーカスフィルム的なアプローチなのだそう。

 

今回の『スーパーガール』も前作『スーパーマン』を観ていなくても十分楽しめる作りになっていて、「どこから入ってもいい」ヒーロー映画を目指している姿勢が伝わってきます。MCUの膨大な予習量に挫折した経験がある人にこそ、今からでも熱狂に追いつけるDCUの世界を楽しんでほしいです。

© & TM DC © 2026 WBEI

私は『エターナルズ』をきっかけにアメコミ映画に再燃したタイプで(それまでは『アベンジャーズ』の一作目で止まってた)、コロナ以降はドラマシリーズも含めて膨大な時間をMCUに捧げてきました。『アイアンマン』から『アベンジャーズ/エンドゲーム』へと駆け上がっていった一連の作品群は単なる娯楽を超えて、社会の空気とリンクした「今の時代の神話」として大人の批評をも巻き込んでいました。けれど、ディズニー傘下でのシリーズ拡大と量産体制が進むにつれて、その新鮮さは徐々に薄れていったように感じます。

 

多様性への目配りそのものは大切なはずなのに、キャスティングや脚本の端々から「配慮としてやっている感」が透けて見えてしまう瞬間が増え、かつてのようにかっこいいと素直に思えなくなってしまった——そんな感覚を持っているのは、私だけではないはずです。

 

そんな中で、ここ数年で私が個人的に注目しているのが、ジェームズ・ガン率いる新生DCUというわけ。MCUのなかでも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズが一番好きな私としては、期待せずにはいられませんでした。

© & TM DC © 2026 WBEI

DCU映画の第1弾となった『スーパーマン』では、「移民(異星人)としてこの国(地球)にやってきた存在」というスーパーマン像を打ち出し、排外主義やSNSでの中傷など社会問題を扱ったことで、アメリカの保守層から“Superwoke(リベラルな政治的メッセージが強いプロパガンダ)” と揶揄され批判の対象になったことも。しかし、そういったアンチに対して「これは政治の話でもあるけど、もっと深いレベルでは道徳の話だ。人としての優しさという、僕らが失ってしまった価値についての物語」だとジェームズ・ガンは語っています。

 

MCU的な「配慮としての多様性」とは違う視点から、まっすぐな理想主義を自覚的に選び取り、ノイズになることを承知の上で押し通す姿勢。陰鬱で重苦しかったザック・スナイダー時代のDC作品群とも一線を画す、かといって時代錯誤な熱血漢でもない、程よいメタ視点を保ちながら観客を迎え入れる作り方に、今のカルチャーの空気に対するひとつの回答を見た気がしています。

© & TM DC © 2026 WBEI

さらに面白いのが、DCUに連なる作品群のほとんどが「ヒーローとしての成長」というより「自分自身を見つめ直し、世界とどう接するか」という物語になっていること。

 

『ピースメーカー』シーズン2はまさにその象徴で、シーズン1が過去に対しての「贖罪」だったのに対し、シーズン2は「受容」がテーマだと評価されています。ジョン・シナ演じるクリスは、ヒーローであることを証明しようとするのをやめて、トラウマも欠点も含めてただ自分自身でいることを学んでいく。

 

悪役ですらなぜそうなったのかを丁寧に描いてきたガンの作家性が、世界を救うヒーロー全員に適用されている。そんな感覚がこれまでの作品に共通しています。

© & TM DC © 2026 WBEI

前置きが長くなりましたが、そんなDCUの世界観の中で今回ご紹介したいのが6月26日から公開中の『スーパーガール』です。これまでのDCU作品は全てジェームズ・ガンが脚本・監督を務めてきましたが、本作はDCU初のフランチャイズ作品としても注目を集めています。

 

監督は、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『クルエラ』『ラースと、その彼女』のクレイグ・ギレスピー。一筋縄ではいかない、社会からヒール扱いされがちな女性キャラクターの内面を丁寧に描くことに長けた監督という印象があります。

 

主人公カーラ・ゾー=エルは、スーパーマンことクラーク・ケントのいとこにあたるキャラクターです。ふたりは同じ滅亡した星・クリプトンの出身ですが、赤ちゃんの頃に地球へ送られ、優しい養父母のもとですくすく育ったクラークとは違い、カーラは思春期になるまでクリプトンで暮らし、故郷が崩壊していく様子を目の当たりにしてから地球へとやってきています。抱えているトラウマも複雑で、劇中の彼女は聖人君子的なヒーローとはほど遠い、自分の居場所が見つけられず酒に逃げてグレている等身大の23歳として描かれているというのがヒーロー像として新鮮で魅力的です。

© & TM DC © 2026 WBEI

今作の鍵を握るのは、『スーパーマン』から続投を果たした愛犬クリプトの存在です。前作のラストで、実はスーパーマンではなくカーラの飼い犬だったことが明かされたクリプトは、今回のカーラの旅の出発点そのもの。

極悪非道なヴィラン・クレムの襲撃によって毒に侵されたクリプトを救うために、カーラは宇宙へと乗り出していくことになります。ここまで一匹の犬が物語の軸になるヒーロー映画も、なかなか珍しいのではないでしょうか。

 

このクリプトというキャラクターは、実はスティーブ・ガン自身が飼っている保護犬のオズがモデルになっています。本人いわく、『スーパーマン』の脚本執筆中に迎え入れられたオズは、家に来た初日から家具や靴、果てはノートパソコンまで破壊し尽くすわんぱくぶりで、「オズにスーパーパワーがあったらどれだけ大変だろう」という発想からクリプトが生まれたと明かしています。

 

実際に劇中のクリプトも、可愛い顔をして飼い主の手を焼かせる困ったちゃんとして描かれていて、思わず自分の愛犬を重ねて物語に没入してしまうという人も多いかもしれません。

© & TM DC © 2026 WBEI

ゴジラや庵野作品のような特撮好きとしてどうしても触れたいのが、宇宙を舞台にした本作のクリーチャーデザイン。ギレスピー監督自身のインタビューによれば、劇中には少なくとも50種類のエイリアンが登場しているとのことで、着ぐるみやアニマトロニクスといった実態のある特殊効果で表現しているのだそう。

 

AIやCGが多様される今、本物の人間による演技やセットといった手触りにこだわったクリエイティブというのは、往年の特撮アニメやSF超大作を想起させ、心くすぐられるはず。また、スーパーガールの浮遊や着地、飛行のポージングなど、シルエットだけでもぶち上がるようなあの感覚は、仮面ライダーやウルトラマンにも通ずる万国共通の美意識なんだと改めて感じました。

© & TM DC © 2026 WBEI

1938年、戦時下のアメリカで誕生したコミック「スーパーマン」に端を発し、現代にまで拡大を続けてきたDCの世界観。時代とともに移り変わる社会や政治の問題を取り扱いながらも、スーパーヒーローという超人的な存在によって人々に希望を与えてきたのもまた事実。しかし、日々変容していく現代においては、もっと等身大の人間らしさということが求められているのかもしれません。

 

「僕も人間だ。人を愛し、何かに怯えて、正解は分からなくても、まず1歩踏み出して最良の選択を心がける。ヘマばかりだけど、それが人間だ」と『スーパーマン』の台詞にもあるように、新しいDCUでは、主人公もヴィランも身近な一人の人間として描き、そして周囲の人々や観客のなかにある強さや優しさを鼓舞し、相互にケアしていくような作品が増えていくのではないかなと勝手に予測しています。

 

8月からはグリーン・ランタンを描いた実写シリーズ『ランタンズ(Lanterns)』が、そして来年は、『スーパーマン』の続編『マン・オブ・トゥモロー』の公開が決定しているDCU。

 

地図が描かれ始めたばかりの小宇宙のなかで、迷いながらも自分なりの優しさや強さのかたちを探そうと模索しているキャラクターたちの成長過程そのものを追いかける面白さこそが、今のDCUを観てほしい一番の理由。完璧じゃないからこそ気になってしまう。そんな不器用なDCUの魅力にこれからもどっぷりハマっていきたいです。

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