自分で自分の気持ちを上げるために、すきなもののなかに身を置いたり、自然の力に癒されたり、美味しいものを食べたり、現実から一度距離を置いてモノ・コトの力に頼る。自分を救う“おまじない”は、お金で買えることもある。そんな「あなたにとって“心と体に効くモノ”は?」――映画監督 / 写真家の枝優花さんがホストになり、やさしい人々を訪ね歩く対談連載。第三回はシンガーソングライターの崎山蒼志さんです。
じつは13歳のころから見ている崎山さん
───崎山さんが初主演したドラマ『スイーツ食って何が悪い!』(2020年)は枝さんが監督、脚本を担当。崎山さんの楽曲『Samidare』『Heaven』『Undulation』(2021年)3作のMVを枝さんが手がけるなど作品を通じて交流してきたおふたり。そもそも、出会いのきっかけは?
枝:私は一方的に知っていました。2017年ごろ、YouTubeにアップされていたライブ動画を、静岡出身の友だちが「この子めっちゃよくない?」って教えてくれたんです。動画の中の崎山くんは13歳くらいだったのかな。
崎山:そうだったんですか!
枝:ギターの方が大きいくらい、小さい子が強烈なパフォーマンスをしているという印象で。もう20歳だから、だいぶ前だよね?8年前とか?
崎山:そうですね。7、6、5年前?
枝:その数えかたは、なんだ?(笑)
崎山:(笑)
枝:だから、日村さんの番組(AbemaTV『バラエティ開拓バラエティ 日村がゆく』にて高校生フォークソングGPに出演しグランプリを獲得)のパフォーマンスを見て、びっくりしました。声変わりもしているし、身長も大きくなってるし。そこから、実際に出会ったのはドラマですね。
崎山:そうですね。
枝:キャスティングをするときに、プロデューサーに「崎山くんが出るならこの企画を受けます」とお願いして、出てもらいました。それくらい一緒にやってみたかった。

───そのドラマ撮影が、ちょうど3年前(取材日は12月26日)だったと伺いました。
崎山:そうでした。前日にホテルにチェックインして、ちょっとはクリスマスを感じておこうと思って、コンビニでケーキを買ってホテルで食べた記憶があります。
枝:その話、大好きだよ。
崎山:ドラマ撮影は思い出深いですね……全部覚えています。
枝:基本、セリフよりもト書きのお芝居が多かったから、それも大変だったろうなと思います。
───演技は初めてだったんですか?
崎山:はい。このドラマはおもしろそうだなと思ったのと、枝さんの作品なら出てみたいと思ったんです。ですけど、それ以降は一度も演技をしてないです。
枝:(笑)。実際に出てみたら「大変じゃないか!」って思った?
崎山:いや、セリフが少なかったのでそういう感じではなかったです。ただ、みなさんの演技へ対する姿勢に圧倒されました。でも、本当に思い出深いことばっかりで、倉悠貴くんと車中で話した会話も全部覚えています。「サウナにハマってる」って言っていたんですけど、僕も今年ハマりました。
枝:2年越しに! どういう時に行くの?
崎山:決まった友だちとフラッと行ったり、スタッフさんと行ったり。この間は大阪のサウナに行きました。サウナに入った後にボーッとできる時間がすきで、今やるべきこととやらなくてもいいことが整理整頓される感じがします。

枝:ものづくりをしていると、ずっと頭が回転していて疲れるじゃないですか。だから、仕事で限界が来ると強制的に「オフ」にしたくて、私も近所のサウナに行ってます。
お守りアイテム①絵本
───サウナ以外にも、崎山さんの心と身体に効くものを教えてください!
崎山:絵本がすごくすきで、この『よるくま』は何冊か持っているくらいすきです。

枝:同じ絵本を?
崎山:はい。持っているものがボロボロだったので、買い直しました。幼い頃に母親が寝る前に絵本を読み聞かせしてくれてて、幼少期の記憶も重なってインスピレーションを受けることもありますし、創作物の原体験な気がします。迷ったり悩んだりした時に読み返すと、何かを思い出させてくれます。
枝:迷うことがあったんだ?
崎山:ありました。そういう時に読み返すと自分を思い出せる気がします。自分にとって「いい」と思うものも、突き詰めていくとここにたどり着く気がするんですよね。幼い頃は夜の街に出たことがないじゃないですか。
枝:うん。
崎山:近所に絵本のシーンと似た公園があって、夜の描写に憧れとか気持ちを馳せていました。
枝:お化けとか夜とか、幼い頃は自分の知らない世界がいっぱいあるからこそ、いろんなことをピュアに信じられますよね。
崎山:なので、絵本を読んでいるとそういう幼少期の気持ちを思い出せますし、心が豊かになります。
枝:この絵本には、崎山くんの根底みたいなものがあるってこと?
崎山:あると思います。なんだろう……童心はずっと忘れたくないですよね。
枝:不思議だな。崎山くんの歌はシンプルに童心を感じることはないというか、もう少し達観していたり、年齢から見た社会を描いたりしているから絵本の世界とつながる感じはなかったかも。
崎山:今後やっていきたい感じかもしれないです。
枝:なるほど。ちょっと違うかもしれないけれど、ものづくりをしていると最初の頃は欲求とか反発とかこうありたい自分が現れるけど、やっていくうちにどんどん原体験を掘り下げる勇気が出てくる気がします。最初はもっと武装してたけど、結局元に戻ってくる。
崎山:僕もいろんなことをやらせてもらって、何度も考えて、いま改めて自分の本心ややりたいことに立ち返っているフェーズだと思います。だから、自分の中にある普遍的なところに立ち返りたくて、この絵本がある。夜空とかSFとか、そういう感覚がものすごくすきなんです。

枝:わかるなあ。創作は究極の自己対峙。だから、どこかで「自分とはなんだろう」という壁にぶち当たる。私もとくに去年は、今までのやり方だと限界を感じる瞬間がたびたびあって、いかに自分の中に軸になるようなものを持つかがテーマだった。それは原体験にあるピュアな感動や憧れみたいなものから見つかるのかもしれないね。
崎山:今まで、自分がリリースした楽曲を客観的に聴いたことがなかったんです。でも、壁にぶち当たったときに、一度これまでを振り返ったんですね。クオリティを高めたいという熱もありながら、違った新しい音楽をやりたいという気持ちもあって。去年はアップダウンを繰り返しながら試行錯誤しました。
枝:私も気持ちの上下がありながら、ものすごく気持ちが沈んで、更地のように何もなくなった時期もあったな。
崎山:枝さんも……だから、実家に帰ったときに絵本をたくさん読んで、すごく救われました。
枝:すごいわかるよ……!
お守りアイテム②ぬいぐるみ
崎山:次は……(ガサゴソ)ぬいぐるみです。

枝:最高! かわいい!
崎山:小さい頃からぬいぐるみが大すきで、たくさん持っているんです。その中から今日は一つ、持ってきました。
枝:どうしてぬいぐるみがすきなの?
崎山:癒されますし、部屋に居るだけでなんか落ち着きます。
枝:私は小さい頃ぬいぐるみにまったく興味なかったんです。なんの意味があるんだろう、と思っていた(笑)。だけど、大人になってすきになって、今は家にいっぱいあります。視界に入ることでの癒しがあるよね。
崎山:いつも和んだ姿でいてくれますよね。気持ちが荒んだときに、ぬいぐるみをパッと見ると、「変わらないな」「かわいいな」って。支えになっています。
枝:実家で飼っている犬が、まさに自分にとっての癒しや支えなんだけど、その感覚に近いかもしれない。つねに変わらないで無償の愛をくれるから、すごく落ち着く。だけど、対人間だとそうはいかないじゃないですか。私がどんなにダメな人間でもすきでいてくれる、そういう変わらない存在って大切。

───崎山さんのおうちには、どれくらいぬいぐるみがあるんですか?
崎山:数えたことはないんですが、結構ありますね。
枝:私はかわいいものだけを集めた神棚を部屋の中に作ったんですよ。目に入るとめちゃくちゃ癒されます。
崎山:それは、すごくいいですね。
お守りアイテム③祖母お手製のズボン

枝:これは、もしかして……!
崎山:手作りが得意なおばあちゃんが、小さい頃からずっとズボンを作ってくれているんです。これは、2022秋冬コレクションです(笑)。
枝:ズボンの話、崎山くんが来る前に撮影チームのみんなにしてたんです。ドラマ撮影のときに、とっても寒いのに7分丈のズボンを履いてくるから「足首は温めないと」って言ったら「おばあちゃんが作ってくれたんです」と返されて、感動したって話を。
崎山:小さい頃に「7分丈がすきだ」という話を一度だけしたら、ずっと同じ形だったんですけど、最近は長い丈になりました。
枝:変わらず愛用してるんだね。
崎山:そうですね、落ち着くというかお守りみたいな存在になってます。時々身長を測られて、僕用に型紙を作ってくれて。生地は毎回違うんですけど、ウエストは必ずゴムにしてくれるのも良くて、このズボンじゃないとわりと寝づらいです。飛行機とか移動が苦手なんですが、そういうときもお守り代わりに履いています。
枝:いい話……。触ってみてもいい?
崎山:どうぞ、どうぞ。
枝:分厚いたくましい生地で、着心地良さそう。ボタンがついているね。
崎山:前後がわかるようにつけてくれています。
枝:おばあちゃんの優しさが溢れてるね。
崎山:すごく感じますね。成長に合わせて形を変えてくれるのも嬉しいですし、しかもたくさん作ってくれるんですよ。シーズンごとに2、3本とか。実家と自宅に分けて置いているんですけど、ものすごい数になっています。

枝:手作りといえば私も小学生のときに、ダメージジーンズに憧れて履いていたら、ある日おばあちゃんがダメージ部分にアップリケを大量に貼ってくれてて。たぶん破れたと思ったんだろうね(笑)。当時はすごくショックで、だけどおばあちゃんの優しさもわかるから言えなかったな。大人になるとおばあちゃんの手作りが恥ずかしくなったりするでしょ。崎山くんは嫌になったり、履かなくなったりしなかったの?
崎山:実家にいたころは、そういう時期もありましたね。従姉妹の女の子2人は早めの段階で「いらない」と言っていましたし(笑)。
枝:そうなるよね。
崎山:でも、離れたことでその温かさを感じられるようになったかもしれないです。自分を思って作ってくれていることが本当に嬉しいですし、毎回、どんなズボンが届くんだろうって楽しみで。実家からズボンとバナナとか野菜とかつめあわせた箱が届くとほんわかします。
枝:たしかに、離れてみてその温かさに気づくことってあるね。地元には何もないって思ってたけれど、離れてみて「ある」ものに気づくよね。
お守りアイテム④、⑤和山やま『女の園の星』、バブ(森の香り)
崎山:ほかにもいろいろ持ってきてしまって。
枝:全部見たい!
崎山:和山やまさんの『女の園の星』とバブ(森の香り)です。


枝:いいラインナップ!(笑)
崎山:お風呂がすきなんです。
枝:忙しいときほど、お湯に浸かるのは大事だよね。疲れのほぐれ具合が全然違う。
崎山:わかります。『女の園の星』は、もともとシュール系漫画がすきで、和山さんの作品は全部追いかけています。恋愛系漫画になりそうなきれいな絵なのにシュールという対比もいいし、「これでいいんだ」みたいな許される感じがすきです。
大人になっても童心を忘れたくない
───今回紹介いただいたものは、原体験シリーズでしたね。小さな頃からすきだったもの、そういうものに立ち返るタイミングだったのでしょうか。
崎山:20歳になった、というのもあるかもしれないです。大人になっていくにつれて童心を忘れたくない気持ちが強くなっているというか。子どもみたいな気持ちで音楽をやりたいですね。
枝:大人になるにつれて「自分とは何者なんだ」という問いと対峙することって放棄するじゃないですか。思考停止したほうが楽だから。でも、自分は何がすきで、どういう考えで、と自分と向き合うことを若い頃にしておいたほうが周囲の視線から揺らがないし後々の人生の豊さにつながってくると思う。そういうメッセージが若い子に伝わるものが作れたらいいなと、崎山くんと話せてあらためて思いました。

崎山:他者と自分の認識が違うっていうのは僕も常々感じています。日村さんの番組で出てきた自分から変化していることは多分にありますけど、強くある世間の印象が変わらなくて。
枝:崎山くんは自己対峙もしているけれど、他者からの視線もたくさん集めている立場だから、自分だったら混乱すると思う。本当の自分はこれだって答えを見つけても、パブリックイメージがアップデートされてなくて「それは古い自分だな……」と思いながらも、過去の自分も自分だから否定はできないよね。だからこそブレない軸を見つけたいという気持ちはあるかも。細かいところは変わるけど、根底はここだっていうのを見つけたい。
崎山:本当にそうですね。毎回新鮮に悩んでしまうので、そんな自分だからこそできることはあると思えるようになりました。将来的にはプロデュースとかも挑戦したい。そういうことを最近ずっと考えてます。
枝:そうなんだね。でも、作っている作品が本質だろうから、これまでの作品を通してみると無意識で同じことを言ってたりする。小さい頃に衝撃を受けた価値観みたいなものが染みついていて、きっと崎山くんにもそういうものがあるんだろうなと思いました。
崎山:これまでは「変えたい、新しい自分を見て欲しい」っていう気持ちが先行していたのが、逆に確固たるものがほしい、童心を忘れたくないという方向に向いているのかもしれないです。今日お話ししていて、そんなことを思いました。
枝:初めて、これだけじっくりお話しできてすごくおもしろかったです! 私も崎山くんも原点回帰をして、今年はどうなるんだろうね。不思議な方向にいくのかな。
崎山:宇宙とか夜空とか、思いきりSFみたいな方向性にいくかもしれないですね。
枝:それは最高! お互いにSFの年になるかもしれないね。
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