宮下拓己さんをガイドに、さまざまな人の「お金と生きがい」について考える当連載。3回目は、以前から知り合いだったもののきちんと話すのはこの日が初めてという、クリエイティブディレクターの木本梨絵さんと共に「好きなことで稼ぐ」について考える。
木本さんは武蔵野美術大学を卒業後、スマイルズに入社。2020年にHARKENを設立し、さまざまな領域でブランドづくりの仕事を手掛ける。また、「日本草木研究所」の共同代表として全国の里山に眠る植物の食材としての可能性を発掘するプロジェクトを行っている。
約5年間の会社員時代は「受動的なデザイナーだった」と木本さんは言うが、どのようにしてインハウスデザイナーからクリエイティブディレクターとして独立することができたのか。そして、会社設立後も順調に「好きと稼ぐ」を両立できているのはなぜか。その裏には、純度の高い「好き」と、それを仕事にするための泥臭く地道な努力があった。
宮下:木本さんとこうやってちゃんと話すのは初めてだよね。この間LURRA°に来てくれたときにはゆっくり話せなかったから、今日をすごく楽しみにしてました。
木本:私も!LURRA°はもちろん、宮下くんのことは前々から知っていたし、共通の友人も多いよね。
宮下:そうそう、やっとゆっくり話せる。今日は木本さんに「好きと稼ぐ」について色々話を聞いてみたいなと思ってお声かけさせてもらったんだけど、いまってどんな仕事をしてるの?ざっくりとは知っているんだけど。
木本:私はいま「HARKEN」というブランディングの会社と「日本草木研究所」というプロジェクトを大体半々くらいの割合でやっています。HARKENでは領域や分野を問わず、大企業からスタートアップや個人までいろいろなクライアントと一緒にブランド作りをしていて、今年で3年目。日本草木研究所は一年半ほど前に創業者である古谷知華さんに声をかけてもらい、共に立ち上げました。日本各地の木々を採取しドリンクなどの商品を開発しています。後者はR&Dを重視していて、売上は製造費や研究費、山主への利益還元などに投資しています。個人の生活費には前者のHARKENの仕事の利益をあてている感じですね。
宮下:日本草木研究所の活動はとてもおもしろいなと思っていたけれど、今は投資フェイズなんだね。日本中あちこちにいって採集をしつつ、会社の仕事もバリバリやる。売れっ子で超忙しいと思うんだけど、普段はどうやって仕事を選んでいるの?
木本:扱う分野や領域を限定しているわけではなく、問い合わせをくれた相手に「ラブとパッション」があるかどうかがすべて。例えば問い合わせが来た時に「会社としてやらなければいけないから」とか「会社がいまこうだからこれをやりたい」とかだと、経験上あまり上手くいかないことが分かっているので、いくら予算が大きくても断っています。私がクライアント以上にパッションとラブを持って取り組んじゃうから、大企業であれスタートアップであれ、熱量高く自分ごと化できている人とじゃないと楽しく働けないなって。
宮下:なるほど。いま僕はLURRA°というレストランの他に、飲食店のプロデュースやメニューのアドバイス、街づくりのプロジェクトなんかにも少し関わっているんだけど、そもそも僕はあまり人に好かれるタイプではないから向こう側もあまり歩み寄ってこない(笑)。メディアに出ている印象で判断されることも多いから、相手が僕を選ぶ、みたいなのは結構あるかもしれないな。そのなかで何を基準に仕事を選んでいるかというと、僕の場合はシンプルに「その仕事が楽しそうか否か」。自分にできそうかどうかは関係なく、好きと思えて楽しそうなことならチャレンジしたくなっちゃう。ついあれこれ手を出したくなるから、自分は本当に多動だなって思う。笑
木本:私も多動だと思う。なんか中途半端だなって悩むこともあるけど、最近はそれでもいいかって思えるようになったな。
宮下:特にいまの時代、細かい領域でいろいろなプロフェッショナルがいるから、自分で全部やりきりなくてもいいやって思うんだよね。僕はレストランをやっているけど、特に何かの能力が秀でているわけじゃないと思っていて。一応ソムリエではあるけど普段はほぼ飲まないし、料理人として突き抜けることは19歳ぐらいで挫折してる。でも、レストランという空間ってソムリエだけでも、料理人だけでも完成しない。だからこそ、全体を見ながらチームを組成して作り上げていく部分は結構得意かなとか。「一つのことを突き詰める」ことって、もしかするとすごく苦手なのかもしれない。
木本:でも裏返すと「軽やか」であるとも言えて、それってとても大切だと思う。何かの本で「自立とは依存先を増やすこと」と書いてあったんだけど、例えばテーブルに脚が100本あったとしたら、脚が20本なくても多分テーブルは倒れずに保たれる。でも、もし一本脚テーブルだったら、見た目はかっこよくて潔いけど、それがなくなったら倒れちゃう。多分自立っていうのは、何かが崩れたときに自分が崩れない軽やかさと同義なんじゃないかなって思った。私もいろいろやっているし、宮下くんも同じ。もしいま何か一つがなくなったとしても、多分生活には困らないよね。
宮下:そうだね。経済的にも、精神的にも大崩れはしないと思う。でもやっぱり料理の道に進んだからには極めたくなる気持ちも昔はあって、料理人とかソムリエとか、それ一本で極めている人を見て羨ましく思った時期も過去あったことは事実。木本さんはグラフィックデザイナーとして、その道を極めていこうと思ったことはあった?
木本:私は元々インテリア専攻で、ずっと図面を引いていたような学生時代でした。スマイルズに入社してからは飲食店で接客をやって、その後の異動でいきなりグラフィックデザイナーになり独学でググりながらグラフィックをやりはじめたのが最初。そこから自分なりにスキルアップして、経験を積んで今に至るんだけど、起業して一年が経った頃友人に「あなたはコンセプトづくりやディレクションとかは誰にも負けないくらいすごいけど、デザインに関しては、デザインだけをやってるデザイナーと比べたら詰めが甘いよね」って言われてすごくハッとして、「もう得意なことだけをやろう」と思ったんです。
宮下:すごくいい友達だね。
木本:そう。じゃあ得意なことは何かと考えたとき、私はディレクションだと。その時に潔くデザイナーから離れることができた。すると、誰かとチームを組む必要が出てくるからいろいろな人と関わり合うなかで多動ができるようになってきた。自分が得意なことに特化すればするほどに、脚が増えていった感覚ですね。そのひとつがデザインワークかもしれないし、ブランディングかもしれないし、事業をやることかもしれない。自分の得意なことを活かそうと脚を増やしていったあと、あれはしない、これもしないって徐々に削ぎ落としていき残ったものがいまの仕事だった。
宮下:共感。目黒にある「kabi」というレストランをやっている翔ちゃん(安田翔平さん)に出会ったとき「料理ではこいつに絶対勝てねえや」と思ったことが、料理人としての道だけを進むことを諦めたきっかけだった。自分よりすごい人がいるんだったら、その人たちと一緒に何かやる方がいいなって。料理人って料理のことはできても、ビジョンを描いたりブランディングをやったり、それ以外のことが苦手な人が多い。LURRA°の場合も、シェフは本当に素晴らしいクリエイターだけど欠点もたくさんある。僕も然り。他のメンバーも含め、チームとして成立しているのはお互いが補い合えているからだと思う。ちなみに、木本さんは独立してからお金に困ったことはある?
木本:仕事はずっと順調。基本はクライアントからの紹介でご一緒することが多く、創業以来ずっと数珠つなぎみたいにプロジェクトが続いています。知り合いの知り合いなので安心して仕事ができるからすごくいい循環。でも、もし友達からの依頼だとしてもさっきの「ラブとパッション」がなければ断ります。なぜなら、私の人生だから。限りある人生の時間を使うんだったら自分が心から一緒にやりたいと思った人とだけ一緒にやりたい。
宮下:そういうときはどうやって断るの?
木本:お金によって遠ざけることは、たまにやってますね。例えば変に相手の金銭事情を加味してディスカウントなどせずに、恐らく通らない正当な金額の見積もりを出したり。逆に、相手と本当にバイブスが合う時とかはすごい安く受けてなんなら赤字、みたいなこともありました。ただ、前提として当たり前だけどお金はすごく大事。様々な自主活動もしている中で、限られたリソースで生きるためのお金を稼がなきゃいけないので。でも、ただ稼げるだけの仕事は絶対にしたくない。そうなると、楽しくできてかつちゃんとお金も生み出せる仕事のチャンスをいただけるような価値を提示し続けないといけない。それを日々手掛けながら、時折まったく予算はないけどおもしろいこともやって、というバランスを常に取っています。
宮下:とても理想的だけど、そこまで至るのって大変だよね。
木本:うん、大変でした。うまくいかないことをたくさん積み重ねてきた経験があるからこそ、いまやっと良い状況になっている感じ。でも結構最初の方から「安売りしてたまるか」ということは意識していたかな。
宮下:根拠のない自信というか、ある種の傲慢さって、楽しいことだけを仕事にしたいと思ったら大事だよね。僕にとっては雑誌選定がそう。LURRA°には取材依頼が結構来るんだけど、基本的に見開き2P以上なら受けます、1/4Pとかの枠なら出ませんと最初から強気なことを言っていた(笑)。選んでもらえる側になることも大事だけど、同時に自分も選ぶ立場にいるべきだなって。僕たちが出るからその雑誌が売れるぐらいの立場でいたいなみたいなことを、結構本気で思ったりしてる。
宮下:さっき「お金はすごく大事」と言っていたけど、木本さん的にはどのくらいのお金があれば幸せだなって思う?
木本:自分が行きたい場所にすぐ行けて、欲しいものがすぐ買えるだけのお金かな。なぜなら、お金って自分の選択肢を増やすためのものだと思うから。もし私がテスラを10台欲しいと思う人だったらいまの稼ぎじゃ無理。でも私、テスラ10台欲しくないんですよ。美味しいワインが飲みたいとか、海外に行きたいとか、素敵なホテルに泊まりたいとか、自分がやりたいことってそういう単位のこと。自分がやりたい単位の金額がすぐ明日払える状態が、自分を豊かにしてくれると信じている。それによって選択肢が増えるし、行動が増えるし、得るものが増えるし、結果全部自分に還元されていく。いまは、それだけ稼げれば正直十分かな。
私、2年前に起業して初めて入金されたまとまったお金でLeicaを買ったんですよ。レンズと本体で150万くらいだったかな。人生で初めての100万を超える買い物だったので、新宿の北村写真機店で震えながらクレジットカードを出したことを覚えてます。でも、このカメラがきっかけでどれだけ仕事をいただいたかを考えると、150万なんてとっくに回収しきっている。価値を感じるものにはドンって払う姿勢はいまも同じだし、いくら欲しいものがあったとしても自分が欲しいものはLeicaくらいの金額には収まるというのも変わっていない。
とはいえ、お金にこだわりすぎると何か失うものがある気もする。会社員時代に飲食店で皿洗いの仕事をしていたときに、生活費にも困っていて、仕事にもなかなかやりがいを見いだせなくて「自分のかけがえのない時間を何に使うか」みたいなことを悶々と考えていた。その経験があるから、いまちゃんと楽しくてお金も生み出せる仕事を選んでいるけど、そのときお金にこだわるとチャンジングなベンチャーや友達から声をかけてもらえなくなりそうで怖い。「木本ちゃんのところって高いんでしょ?」なんて言われることも多くて…。「やりたい仕事で稼ぐ」ことにフィーチャーしすぎると人が遠ざかっていく怖さもあるからこそ、稼ぐことは大事だけどお金に飲まれないようにはしているかな。
宮下:すごく大事な視点だし、僕自身も結構意識しているところだな。そのときに、この連載のテーマでもある「好きなことで稼ぐ」ことが改めて大事だなと思うんだけど、木本さん的にどうすればその状態が実現できると思う?
木本:よく後輩とかから「好きな◯◯を仕事にしたいんです」みたいな相談を受けるんだけど、話を聞いてみると、好きなだけで何も行動をしていない人が多いんですよね。そのときに私がいつも思うのは、「好きが好きであるだけで宝物だと思うなよ」ってこと。 みんな、自分の「好き」に甘んじすぎ、自分のことを可愛がりすぎ。 趣味だったらいいですよ、上手くても下手でも絵をずっと描いてればいいから。でも仕事にしたいんだったら、「好き」だと思っているものをもっと追い求めないと価値にはならない。 自分の中で価値がある好きなものは、第三者から見ると別に大したことじゃない。まずはそこを理解した方がいいとは思うな。
宮下:本当にそのとおりだね。前回話を聞いた幅さんも「好きとは狂気である」と言っていた。
木本:その上で、好きなことができるように自分から仕掛けなきゃいけない。私はいまクリエイティブディレクターの仕事ばかりしていますが、なぜそうなったかというと、相手が求められていない提案を勝手に続けてきたからです。 例えば「ポスターのグラフィックデザインをお願いします」という依頼の時に、「ポスターはもちろん納品するんですけど、本当はこういうのをやった方がいいと思って、ちょっとやってみたんですよね」みたいな感じで、ポスターという制作物ではなく上流のコンセプトから提案をするとか。それを続けていくと、頼まれる仕事がどんどん上流のものになっていくんですよ。「もうちょっと」の余計なおせっかいを続けると、 結局最終的には自分の行きたいところに行けた感覚。もちろんそこにお金もついてくる。好きなものを仕事にするのは、好きを価値化しなければ意味ないですからね。
宮下:確かに、表面だけで良さそうかどうかを判断する人が多くて、そういう人たちは泥臭いことを避けたがる。僕もレストランの経営者としてしっかり稼いで従業員に還元したい想いがある一方で、オープン当初はなかなか難しく、理想を実現するためには自分たちの価値を何らか象徴的なもので社会に示す必要があったんだよね。だから、レストランとしてはミシュランで星を取るとか、個人としてはForbes JAPANで取り上げられるとかの目標を掲げて、そのために毎日しつこいくらい連絡をしたりしてきた。そのくらい泥臭いことの積み重ねの結果、いまがある。戦略的な泥臭さを経験しないと「好きを仕事にする」のリアリティは低いままだろうね。
木本:自分のなかで、好きなものや、なんか良いと感じるものに気づけて、自分でもできるかもって思った時に、ガツガツと生き急いでいた歩みを止められた感じがする。昨年末に、知人から「自分のものさしを人に渡すな」と言われたことがあるんだけど、本当にそのとおり。自分の価値を決めるのは他者ではなく、自分自身でなければいけない。ガツガツするべきフェーズみたいなのが20代にあって、それを一通りやってきたいまだからこそ気づけたことなのかもしれない。
宮下:すごく共感。僕は32歳だけど、20代に駆け抜けてきた反動のバーンアウトなんじゃないかっていうくらい、ガツガツさがなくなった気がしてる。でも、だからこそ興味の幅も広がっているし、「次の目標はなんだろう」と考えることが増えた気がする。
木本:4〜5年後くらいは、年に1〜2回だけ良い仕事をして、あとはずっと休みながら次の楽しいことを探しているみたいな生活ができていたらいいな。
PROFILE
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木本 梨絵
1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。日本の里山に眠る可食植物の研究をする「日本草木研究所」共同代表。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。自らも事業を営みながら、さまざまな業態開発やイベント、ブランドの企画、アートディレクションを行う。グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑等受賞。2020年より武蔵野美術大学の非常勤講師を務め、店舗作りにおけるコンセプトメイキングをテーマに教鞭を執っている。
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宮下 拓己
1991年生まれ、東京都出身。食が唯一”五感が使えるアート”だと感じ、高校卒業後「辻調理師専門学校」、上級のフランス校へ。首席で卒業し「ミシェル・ブラス」で研修。帰国後、大阪の三ツ星レストランに。そこでサービスを経験し食の背景を伝える大切さを知る。東京のレストランでソムリエの資格を取り、オーストラリアへ。ソムリエの知識を深め、NZの「Clooney」のヘッドソムリエに。2019年「LURRA°」をオープン。





