『VOILLD』ディレクターの伊勢春日がホストとなり、テーマに沿ったアイテムをゲストにもってきてもらう連載がスタート。第2回のお題は「アートに見えてしまったもの」。ゲストは〈Allright Graphics〉の髙田唯さん。
◆韓国の落書き(伊勢)
伊勢:今日は髙田さんの事務所にお邪魔して、色々拝見させていただこうと思っております。
髙田:よろしくお願いします。まず伊勢氏がどんなものを持ってきたのか、拝見してもいいですか。
伊勢:いきましょうか。東京というより、いろんな土地に行ったときにキョロキョロしちゃうことが多くて。これは韓国で見つけた落書きです。

髙田:ポムポムプリンに見えるね。
伊勢:ビジネス街みたいなところにあって。よく見ると何かが貼ってあった跡がたくさんあるんですよ。その佇まいがかっこいいなと思って。
髙田:ほんとだ。なんか上から重ねたり剥がしたりしてレイヤー感が出てる。なんでこういうのをかっこいいと思っちゃうんだろうね。
伊勢:不思議ですよね。不意に出会ってしまうと、より刺激を感じるんですかね。
髙田:覚醒させられるというか。アートにはそういう観点があるのかもしれないね。
◆「ここで待ってください」のガイド線(髙田)
髙田:じゃあ僕はこれ。長野の松本駅でお土産を買おうと思って並んでるときに見つけました。

伊勢:これはいいですねえ。
髙田:グラフィックデザインをやってるもので、構成が気になっちゃうんですよ。まず足のイラストレーションがすごくいいんですけど、やっぱりこの周りの線ですよね。四角に対して斜めの線というのは違う流れを生み出すものなので、効いてくるんです。
伊勢:緑が斜めに入ってるのもいいですよね。
髙田:そう、上から上から足されていくっていう。「ここで待ってください」の案内って結構多いじゃないですか。僕が教えている大学でもゼミ生と一緒に街中のサインを集めてるんだけど、ペンギンみたいな動物のものとかいろんな足形があるんです。粋なことする人いるなあって。
伊勢:多様性ですねえ。多種多様な、生き物との共存。
髙田:こういうものをまとめて、インスタグラムのアカウントで公開してるんです。これは街にあるマップの東西南北のコンパス。

伊勢:群で見るとまた違って見えますね。
髙田:集めることでアート性が出てくることってありますよね。何かに執着して集め始めると、違った景色が見えてくる。公共のなかにはそういうものが結構あって面白いんですよ。
伊勢:本来は注意喚起のためのマークで、デザイン要素が入ってないですしね。
髙田:そうそう。「わかればいい」「伝わればいい」が優先なので、妙に「美」とかを意識していないぶんグッとくるんですよ。
◆不動産広告のチラシ(伊勢)
伊勢:実物も持ってきたんですが、私はこれをぜひ髙田さんにお見せしたくて。不動産の広告のチラシ。

髙田:あ!電柱に貼ってあるやつ。剥がしてるんだ。
伊勢:そうなんです。だって本当は貼っちゃいけないですからね。
髙田:そっか。ある意味ヒーローだね。
伊勢:シンプルなんですよね。なんなら、わざとこういうデザインあるじゃないですか。ある意味先駆けかなと思って。地方だとあんまり見かけなくて、松濤とか代官山とか、東京の土地代が高そうなエリアに貼ってあることが多い気がします。
髙田:僕も一枚持ってる。それは用賀で見つけたやつで、リソグラフの2色刷り。昔はリソも多かったけど、最近は印刷だよね。オンデマンド印刷なのかな。
伊勢:昔はもっとしっかりした作りで、A3のものもあったんですよ。
髙田:A3はすごい。でも昔はもっと貼ってあった気がする。
伊勢:少なくなりましたよね。私、一回貼ってるところ見たんですよ。スーツ着た男の人がノールックで電柱にバッ、バッて。すごいスピードで貼ってました。それくらい粘着力の強いテープで留めてて、剥がそうとすると紙が剥がれる。
髙田:裏側にベッタリくっついてるもんね。

伊勢:これでほんとに買う人いるのかなって。
髙田:わかる。だって1億8千万だよ。それをこのトーンで。
伊勢:書いてある連絡先も大体携帯の電話番号なんですよ。たまに担当者の似顔絵入りっていうのもありますね。最近見かけないから要素を減らしてるのかもしれない。
髙田:集めてるってことは何枚くらいあるの?
伊勢:全部で30枚くらい。いつかこのチラシの展示したいんですよ。
髙田:それはすごいね。他にも集めてる人いそうだけど。
伊勢:日本一でありたいなあ。
◆〈椰樹集團有限公司〉のココナッツジュースの缶(髙田)
髙田:じゃあ次は、伊勢氏も知ってると思うけど、このドリンクの缶。これはもうアートだなって。

伊勢:有名ですよね。私もこれ飾ってあります。中国のお土産でいただいて。
髙田:上海で展覧会をやったとき、食事をしていたら隣の席でこれを飲んでる人がいて、「あれ何?」って。最初全く味が想像できなくて、飲んでみたらうっすら甘くて、水っぽいココナッツウォーターっていう感じで結構おいしい。なかなかこんなデザインないなあと思って。
伊勢:プルタブも黒くておしゃれ。
髙田:正しいかわからないけど、創業者がデザインしたって聞いたこともあって。リテラシーがないとこういう風になるんだなと。
伊勢:でも体に良さそう。韓国とか香港とか、アジアってこういうアプローチ多いですよね。
高田:本当に。いい意味で、混沌があるんだよね。
◆お土産でもらった折り紙(伊勢)
伊勢:私いきますね。知り合いからお土産にもらった折り紙です。

髙田:え〜、やばい。
伊勢:公益財団法人矯正協会と書いてあるので、刑務所作業製品なんだと思います。素材のひとつひとつがガサガサしてるんですよ。あと所々に星がデザインされてるんですけど、よく見てください、わかりにくいですけど「お」、「が」、「み」にも星がひとつ入ってるんです。
髙田:じゃあ「り」も頑張ってほしかったな。背景の雲の画像も効いてるね。
伊勢:あとこの裏面のリボンもまた。

髙田:リボンで留めたいって思ったんだろうね。詰めた紙のいちばんトップに緑を持ってきてるのもいいね。大体赤だよね。
伊勢:ですよね。あとちょっと蛍光みのある折り紙が入ってるけど、何も書いてない。売りになるのに。
◆スポーツ新聞(高田)
髙田:あと、やっぱりスポーツ新聞かな。コンビニとかキオスク見て、「お」と思ったら買ってます。これを作っている人たちは、しかるべき情報をドカンを伝えるのが仕事で、それによってこの袋文字が生まれているのがいいなって。

伊勢:たまに文字が大き過ぎて、情報が入ってこないときありますよね。
髙田:距離感がね。近過ぎちゃって見えないっていう。この、ある意味“お行儀の悪い”感じにアートを感じてしまう。
伊勢:あんまり言わないですよ、“お行儀の悪い”って。
髙田:デザイン教育って、整えたり揃えたり、もはや「美しくする」を目的にしてしまった部分があるから、一度その感覚を継承してしまうと天然のこの気分は作れないんですよ。
伊勢:デザインじゃなくて、伝えるべき目的に向かったらこうなったってことですもんね。
髙田:そう。でも僕はそのなかにも美しさを求めたい部分があって、こうして一部をトリミングして、またタブロイド紙に印刷してみたんです。そうすると、デザインとしても耐えられる景色になる。
伊勢:並べるのが大変そう。でもいいですね。
髙田:これもゼミ生のみんなに探してもらってるんですよ。全部2cm×3cmくらいの原寸です。考え方によれば、デザイン性のないものからもグッとくるものを引っ張り出せるんじゃないかと思って。
伊勢:何の写真だろうって想像するのも面白いですね。これは何の?
髙田:コーネリアスのシャツだね。
伊勢:じゃあこれは?
髙田:明朝体の隙間。文字と文字の間に注目してみると全然違うものが表れるんです。最近は少し加工する技術が発達して、文字のなかにテクスチャを貼ることもあって、それはいただけないなあと。
◆看板と張り紙(伊勢)
伊勢:張り紙系だと、これは島根に行ったときに見たバーの看板です。居抜きで始めたのかわかりませんが、とにかくここは『BAR AIR2』なんです。思わず二度見しましたね。

髙田:最高じゃないですか。もともと『BAR AIR』がここにあったのかしら。
伊勢:それなら「2」だけ貼ればいいじゃないですか。
髙田:確かに。背景の緑もいいし、全体の色がいいね。これは写真としての良さもあると思います。でもどうしてセンタリングしなかったんだろう。
伊勢:左から貼っていって余ったんですかね。
髙田:上の「BAR」はちゃんと出て良かったね。
伊勢:全部が主張してないのにこれだけ惹きつけられるってすごいですよね。間の魔力。あともうひとつ、最近見つけたのはこれです。また不動産系ですけど。

髙田:「り」ちっこ。手書きのこういうのもいいよね。
伊勢:文字がすごく繊細なのに、ガムテープがベッタベタで、貼り方がざっくり。それがまたいいんですよね。
◆崎陽軒のお弁当の紐(髙田)
髙田:それじゃあ、かなりヤバいやつを。こちらです。

伊勢:……なんですか?
髙田:崎陽軒のお弁当の紐です。
伊勢:え、こんなの付いてましたっけ?
髙田:付いてます。縛ってあります。
伊勢:私、崎陽軒のお弁当けっこう食べるんですけど、あったかな。
髙田:見落としてますね。ちゃんと見てくださいよ。絶対巻かれてるはずだから。
伊勢:これは気づかなかったですねえ。
髙田:食べたあと床に落ちてたのを見つけて、「綺麗!」って思っちゃった自分がいて。改めて見ると緑の線が両サイドに入ってて、床に落ちてる影もよくてハッとなって。

伊勢:いやカッコいいです。アブストラクトオブジェクトですね。だってこういう線が書いてあるポスターとかあったらカッコいいですもん。細さがエレガント。
髙田:まだ流れでうっとりしてるだけだけど、額装したらペッタンコになって、もっとよくなりそう。
伊勢:作家さんはこういうのを見てインスピレーション受けてる可能性ありますよ。ここから何かに派生しそう。
◆おもちゃのスプリング(髙田)
髙田:これはおもちゃなんですけど、台湾で見つけていいなあと思って。ニコちゃんマークが入ってるけど、スマイルが揃わない。

伊勢:意図してない美しさがありますね。
髙田:これはシンプルにかわいいんですよね。
伊勢:髙田さんの好みの方向がわかる気がしますね。色味とか。
◆駅のカニの広告(伊勢)
髙田:でも不思議なのが、アーティストは見るもの全てが作品のヒントになるけど、伊勢氏は何かを表現するわけじゃないでしょ?そういう人がこの目線を持ってるのってどういうことなんだろう。
伊勢:その人はそう見せようと思ってないはずなのに、こんなに他人を引きつけるということがまず面白いんですよね。あと、見るものの許容が広がる感じです。これ知ってます?駅に貼ってあるカニ。
髙田:あれっ?見たことある!なんだっけなあ。
伊勢:これ、駒込駅なんですよ。凄まじい重ね張り。
髙田:圧巻だね。
伊勢:こういうのを自分が面白いと思うことで、面白さの許容がふわっと広がるというか。
髙田:(スマホを検索して)あった!これも長野のほうだったんだけど、エスカレーターの横のスペースにペタペタ貼ってあって。
伊勢:あれ、同じっぽい。

髙田:同じ素材だね。
伊勢:キャンペーンなんでしょうね。素材を配布して、それぞれの駅でお好みで使ってくださいっていう。
髙田:それにしても駒込駅はすごいな。
伊勢:こういうのアリなんだって思っちゃうんですよ。作品みたいな。ただ、「素敵!」って一瞬思うじゃないですか。でも一瞬考えるんですよね。「写真撮ってる私大丈夫かな」って。
髙田:「いいんだよな?」ってね。人がたくさんいるとやめちゃうこともある。残念ながら恥じらいがあるんですよ。
伊勢:それを越えてくる瞬間が絶対あるんです。興奮が勝つときが。

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