サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
今回は、唯一無二の世界観で世界中を魅了し続ける、奇才ウェス・アンダーソンの新作映画『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』をピックアップ。同時期に配信された三本の短編映画を交えて、ウェス・アンダーソンに大きな影響を与えた稀代の作家、ロアルド・ダールの魅力について考えてみたいと思います。
タイトル:『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』
監督:ウェス・アンダーソン
原作:ロアルド・ダール
脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、レイフ・ファインズ、デブ・パテル、ベン・キングズレー
配給:Netflix
2023年製作/39分/アメリカ
<あらすじ>
大金持ちで働いたことがなく、賭け事が大好きなヘンリー・シュガー。ある時、目を使わずにものを見ることができるという導師の存在を知った彼は、その力をギャンブルでイカサマをするために利用しようとするが……。
ここ数年、年に一本のペースで長編作品を世に送り出してきたウェス・アンダーソン。先日『アステロイド・シティ』が劇場公開されたかと思えば、Netflixではオリジナルの短編映画として、『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』、『白鳥』『ネズミ捕りの男』、『毒』が続々と配信されました。
この四作はいずれも戦後イギリスでもっとも著名な作家ロアルド・ダールの原作を映像化したもので、特に『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』に関しては、同じくロアルド・ダール原作の『ファンタスティック Mr.FOX』(2009)の製作時から構想を温めてきた作品だそうです。
Netflix映画『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』独占配信中
『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』は、1977年に発表されたダールの短編物語で、裕福なギャンブラーが金儲けのために透視能力をマスターするというお話。物語の主人公であるヘンリー・シュガーをベネディクト・カンバーバッチが演じ、物語をリードする作者ロアルド・ダールを『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)ぶり二度目のウェス組参加となるレイフ・ファインズが演じています。
『アステロイド・シティ』と同じように入れ子の要素を使い、語り手が次々に変わってゆくというのがユニークな本作。上記のほかにデブ・パテルやベン・キングズレー、ルパート・フレンドなど錚々たるキャストが名を連ねていますが、キャストは必要最低限、特殊メイクや衣装によって一人で何役も演じ分ける場面も出てきます。
また、ロングショットのなかで大掛かりな舞台装置や劇中のメイクの様子などもコミカルに映し出していて、スタッフとキャストの息のあった振り付けの連続はぜひとも注目して欲しいポイントの一つです。
Netflix映画『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』独占配信中
続いて公開された『白鳥』は、ロアルド・ダール自身が新聞の実話から着想を得て、実に30年もの間構想を温めたのちに発表された作品。アーニーとレイモンドという大柄ないじめっ子二人に執拗にいじめられる優等生・ワトスンの物語で、語り手はルパート・フレンド演じる大人になったピーターということで、少し安堵しながらことの顛末を見守るのですが、このいじめっ子コンビがなかなかに残虐極まりない悪人として描かれているんですよね。
『ファンタスティック Mr.FOX』に出てくる農場主の三悪人の一人である丸々としたキャラクターのボギスや、ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)には食いしん坊ゆえに最初に工場ツアーから吸い出されるオーガストなど、ほかのロアルド・ダールの作品にもたびたび出てくるのが、大柄の悪者たち。
学生時代に自身が受けた教師(大人)からの体罰や同級生からのいじめといった不愉快な経験が反映された彼の作品は、観ていて辛くなるとともに、そういった逆境のなかでも屈せずに、自分の信念を貫く主人公たちの姿に勇気づけられます。
Netflix映画『白鳥』独占配信中
『ネズミ捕りの男』では、全ての作品でロアルド・ダールを演じているレイフ・ファインズが、なんとも胡散臭いネズミ駆除業者の男を怪演しています。ネズミ捕りに生涯を捧げる男は、二人の依頼者を前に自身の手柄を見せつけるべく、あの手この手で実演をしてゆくのですが……。
この作品に出演するキャストは三名。セットは2つと極めてシンプルな作りですが、役者のパントマイムや照明、人形などを組み合わせてさまざまな手段でネズミ駆除の様子を表現しています。実験的な舞台演出や豪華な俳優陣たちのコミカルな身体演技が、完成された世界観を壊すことなく見事に取り入れられているのは、17分という短い時間に凝縮された短編作品ならではの醍醐味といえるかもしれません。
Netflix映画『ネズミ捕りの男』独占配信中
最後に公開されたのは『毒』というタイトルの、これまた17分の物語。ベネディクト・カンバーバッチ演じる男の布団のなかに毒蛇が潜りこみ、とぐろを巻いて動かないというなんともスリル満点の状況で話が進んでいきます。
蛇を起こさないよう身動きを封じ、極限の精神状態のなかでデブ・パテル演じる同居人のウッズとともになんとか打開策を見つけようと奮闘する姿は、少々滑稽さもあり、笑っているうちに気づけばこちらまで手に汗を握ってしまうような展開に。また、二人が暮らす平屋は、ウェス作品でよく見られる断面的なセットもあり、限られた小さな空間のなかで登場する人物たちの動きが躍動的に表現されています。
個人的にお気に入りなのは、カメラが中心に捉えているときだけでなく、画面の背後にいる間も休むことなく続く、ベネディクト・カンバーバッチの表情筋を駆使した繊細な演技。微笑むときに使う筋肉の痙攣や目の動きなど、1mmたりとも動くまいとする男の必死さが伝わるシーンに目が離せません!
Netflix映画『毒』独占配信中
4つの映画のなかで共通する要素として、絶対的な語り手として登場するロアルド・ダールの姿があります。レイフ・ファインズ演じる彼は、“ジプシーハウス”と呼ばれる実在した執筆小屋から物語の解説やメッセージを観客に語りかけます。ウェス・アンダーソンは実際に使われていた執筆小屋を訪れたこともあり、ロアルド・ダールが魔法のような物語を生み出す瞬間を見守ってきたチョコレートや収集した切手など数々の小道具が忠実に再現される様子からも、原作者に対する深いリスペクトを感じることができるかと思います。
普遍的な人間の心理や精神を寓話として世に送り出してきた20世紀を代表する作家の物語が、21世紀の映画史に欠かすことのできない天才監督ウェス・アンダーソンによって、仕掛け絵本のように奥行きのある映像表現で再発掘されたロマン溢れるコラボレーションをリアルタイムに観ることのできる幸せたるや……!年末にはティモシー・シャラメ主演で『チャーリーとチョコレート工場』の前日譚である、『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』も公開されますし、没後30年以上が経った今もなお多くの人々に共感と勇気を与えるロアルド・ダールの作品をこの機会に見返してみてはいかがでしょうか。
Netflix映画『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』独占配信中





