画家、落合翔平。埼玉県大宮に生まれ、多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクト専攻を卒業し、2018年に独立する形で、画家としての活動を始める。
彼の絵は、とても奇妙だ。僕らがどこかで必ず見たことのあるモチーフ(それは時に清涼飲料水のパッケージであり、懐かしいテレビ番組を映したブラウン管テレビである)を描くが、その際、「パース」と呼ばれる遠近感を表現するための絵画の技法を、一切無視する。歪んだ線で描く。「描かないこと」を選ばず、その対象物が持つすべての意匠を、描き切る。描き切ろうとする。

彼の絵は、とても奇妙だ。ダイナミックでありながら、実に繊細で、細やかで、力強い。一度描かれた線は、“修正” の運命を辿ることなく、新たな白い紙のパーツでもって “再生” され、またその上に、新たな線が描かれる。「アンビバレンツ」を地で行く彼の頭の中が、どうにも気になった。

2023年8月26日。彼の作品が一堂に会する展覧会が開催された。その名も『THIS IS OCHIAI SHOHEI』。「これが落合翔平です」と強気にも言い切ってしまう、その勇気を確かめに、著者は、天王洲の展覧会会場を訪れた。
その展覧会『THIS IS OCHIAI SHOHEI』に触れて、どうにも、もどかしくなったのだ。「“これこそが落合翔平だ” と言い切ってしまうのは、なぜなんだ?」と感じたのだ。彼の未来が、とにかく、気になったのだ。
“WHAT WILL YOU BE?” 画家・落合翔平が、あの展覧会を経て、今、何を見つめているのか。その疑問を本人に問うた、30分の取材記録。
ーー落合さん、今日はお会いできてうれしいです。よろしくお願いします。

落合翔平(以下、落合):よろしくお願いします。僕も会えてうれしいです。
ーー『THIS IS OCHIAI SHOHEI』の展示を経て、今の心境はいかがですか?

落合:やっぱり会場がとにかく大きかったなと今でも思います。そういう場所には大きい作品を飾りたいですよね。きっと象徴的なものを描いた方がいいだろうな、そういう何かを描きたいなと思ってデッカいお城を描いたんです。ハッピーな印象を与えるものとして。平和な印象のものを描きたくて。
ーーあのお城は、圧巻でしたね。

落合:来てくれた人たちのほとんどは城の前で立ち止まったり、圧倒されていたりして。その姿を見た時にすごくうれしくなりましたね。スプレーで虹を描いたんですよ、城の上に。そしたらそれを見た人が『こんなに怖い城無いですよ!』と笑ってくれて。『一度入ったら出て来られないような感じがする』とか。こっちとしてはハッピーなムードで描いたつもりが、ちょっとおどろおどろしいような印象で来訪者の目に映る。それは結構面白かったですね。改めて捉え方って色々あるんだよなって。心境としてはそんな感じですかね。
ーー唐突な質問になってしまいますが、ひとつ、いいですか?
落合:もちろん。
ーーあの展覧会のテーマが『THIS IS OCHIAI SHOHEI』と設定されていたのには、どんな理由があったのでしょうか?

落合:うーん。出し切った感覚が、正直すごくあるんです。あの展覧会に向けて、出せるものを出し切った。ドッジボールができるぐらい広いんですよ。あの会場。だからこそ先ほど話したように、大きな作品を作りたいのもあったし、なんなら「ここで全力を出さなかったら自分はいつ全力を出すんだろう」と思っていた節もあって。
ーーあの展覧会で、全力を出さなかったら。

落合:作品を描くときは、いつも追い込まれるんです。なぜ自分で自分のことを追い込んでるんだろうと思うんだけど。でも今の作品の描き方しか知らないから。わからないんですよ。僕は、僕の描き方しかできない。だからこそ、それを通じて全力を出したかった。大きな声で『THIS IS OCHIAI SHOHEI』と言っても遜色がないような、そんな展示にしたかったような、そんな感覚はありました。
ーー少し話は逸れますが、そもそも、落合さんが「描くモチーフ」として設定するものには、大体誰しも一度は目にしたことのあるモノが多いような気がします。今回飾っていたシンデレラ城もそう。ナイキ エアジョーダン1も、そう。その中に「サボテン」が並べられているのを見て、少し驚きました。ポップなモノだけじゃないんだ、って。



落合:描きたいものはめちゃくちゃたくさんあるんです。ズラーッとリストに並んでいて。とにかく描きたいものはいくつもあるんです。その基準は「みんなが知ってるモノ」であったり「その分野のトップにあるもの」だったり。後者はポテトチップスなら『コ◯ケヤ』だったり、そういう類ですね。
ーーうん、うん。


落合:僕がまだ幼い頃に、親から買ってもらえなかったモノ。そういうのも多くあります。ゲームソフトなんかは、まさしくそう。ただ、今回、サボテンの絵を描いたのには、違う理由があって。
ーーそれは、どういう理由ですか?

落合:じっくり見なきゃ、描けないじゃないですか。すべてを見切らなきゃ。とにかく時間がかかるんですよ。正直、めんどくさいんです。ただ、大変な方を選んでみたかった。自分にできることの「幅」を、少し、広げてみたかったんです。
ーー『THIS IS OCHIAI SHOHEI』と大胆にも言い切ってしまう展覧会において、少々、テストのようなことをした、と。


落合:もちろん納得のいくものを描いたし、納得のいく絵を飾った自負はあります。ただ、たとえば絵の技法で言えば、今回スプレーを使ってみたものがあったり。
ーースプレーの意匠、すごかったですよね。完成された絵(のど飴を描いたもの)に対して、スプレーを吹きかけていて。
落合:スプレーを吹きかけるのって、かなり「偶発性」に委ねられた技法なのかなぁと思います。「こうすれば、こうなる」というのがあまりにも理解しきれない技法だと思っていて。ものすごくアンコントローラブルなものを、自ら吹きかけること。全然触れたことのない技法に挑戦してみた、というテンション、言い方が合っているはずです。
ーー加えて、いくつものカップヌードルの絵が並んでいる作品も、とても印象的でした。

落合:合計12枚のカップヌードルを描いたのですが1つの絵には、修正(切り絵のように紙を貼ってリセットし、その上に描く)を何度も何度もおこなったものがあるんです。ミスをしたら、貼る。やり直す。その上から、また描く。12枚の絵のうち、もっとも修正を多くおこなったのが、最初に描いた絵なんですよ。一番初めに描いたものに、もっとも多くの修正をおこなった。
答え合わせや言い訳みたいで少々恥ずかしいですが(笑)、あの作品の中でも、成長していっているんです。最後の12枚目なんかはほとんど修正を施していなくて。そういう部分においても展覧会の会期自体や展覧会に向けた制作期間のなかで、自身が成長していたような実感はありますね。
ーー落合さんが絵を描くのって、どういうモチベーションなんでしょう? なんだか、かなり実験的なマインドによるものなのかなぁと思えば、すごく冷静に自らを見つめていたりもするじゃないですか?

落合:僕、自分のこと、ほとんどわかんないんですよ。わからない。
ただ、描く時は「対象物をしっかり描き切りたい」と思ってるんですよね。そこに含まれる意匠を描き切りたい。ちゃんと描きたい。自身が気持ち良いと感じられるように描きながらも、対象物が持つ「良さ」をしっかり描きたい。そう思っているような節はなんとなくありますね。だからこそ1本の線を引くにしても、ものすごい時間がかかってしまうこともあるんです。1時間で終わる時もあれば1週間かかることだってあります。
ーー1本の線に対して、ですか?

落合:そう。自分にとって気持ち良いポイントと、その対象物が持つ魅力の “ちょうど間(あいだ)” を、ひたすら探しているんだと思います。「こうしたい」ではなく「こうなった」の方が、もしかすると近いかもしれません。「ここが自分にとっての気持ち良いポイントなんだ!」と思える線を、描きたい。言葉にするとちょっと気持ち悪いですかね(笑)。
ーー全然そんなことないと思います。気持ち悪くないです。
落合:よかった、ちょっと安心しました(笑)。思い返してみれば、僕はとにかく「できないこと」ばかりの人間なんですよ。
ーーほう、ほう。

落合:『なんでこういう絵を描くの?』と聞かれても、わからない。デジタルの描き方を勉強したこともあったんです。今のような至極アナログの描き方ではなく、もっと効率の良さそうな、デジタル技術を使った絵の描き方を。でも全然できなかった。これまで、できないことだらけだったし、できないことをそのまま「できないこと」として認めて、できることだけをやってきたんです。バンドをやっていたこともあるんですが、それも全然だめだったし。サッカーもずっとベンチだったし。絵だけは、今、人に喜んでもらえる。だから、やってるんだと思います。
ーーいわば「消去法」と言うか。
落合:そうそう、その通りだと思う。消去法です。僕が今の描き方に至ったのは。「本当にラッキーだな、自分は」と感じているし、きっとこの先も、そう感じ続けるんだろうな、って。
ーー今回取材をおこなうにあたって、用意してきた質問が、ひとつだけあるんです。それは、“WHAT WILL YOU BE?(あなたは何になっていくと思う?)” というもの。その答えは、あえて聞かないことにしようと思いました。なんだか、突拍子もないことを言われちゃうんじゃないか、って。

落合:近い将来、2兆円持っていたらいいな〜(笑)。ごめんなさい、それは一旦、冗談としてさて置いても、“Will” のような「意思」こそあまりないけれど、“Want” の「願望」はあります。それは、展示に来てほしいということ。僕の作品を、間近で見てみてほしいんです。たくさんの方々に見てもらって、めっちゃ驚いて少し喜んでもらいたい。それだけは、確信をもって言えますね。
PROFILE
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落合翔平
埼玉県大宮生まれ。
多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクト専攻卒。
テレビプロデューサー吉田正樹に師事しエンターテイメントを学び、18年より画家として活動を開始。
INFORMATION
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【落合氏コメント】
関西初の個展『落合生活センター』が10月28日から藤井大丸・7galleryで開催されます。
この展覧会では、過去の作品や、新規描き下ろし作品の展示に加えて、オリジナルのTシャツやポスターなどの新しいグッズの販売も予定しております。
自分は何よりも原画を見て頂きたいです。
「描き込み」「筆圧」「紙を貼り直す修正」などSNSの画像では感じる事が出来ないライブ感やパワーを原画から感じて欲しいです。今まで東京でしか個展をやったことがなかったので、関西圏の方からどういう感想を頂けるのかがとても楽しみです。是非お越し下さい!“落合生活センター”
会期:2023/10/28-11/16
(京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町605)
開館時間:10:30〜20:00
※入場料無料