9月29日から10月9日までの間に東京はAAで、10月13日から22日までは大阪はRISE AVOBE GALLERYで開催されたNYを拠点に活動する写真家、佐藤康気の写真展『逆光』。今回の展示では、新作21点に加えてRISE AVOBE GALLERYから新しい写真集『逆光』も出版した。
佐藤康気は展示のステートメントとして「逆光:人生は時に過酷である。光があり、影がある。見慣れた景色の中に自分がいることもあり、新しい地平の上に自分が立つこともある。逆光の中に見えるものは何なのだろう。影の向こうに光を求め、影を通して真を見い出す。私は明日、どの地平に立つだろう。歩けるなら歩く。撮れるなら撮る。何でもいつまでも当たり前じゃない。家族を大切に。仲間を大切に。自分を大切に。」と発信しており、これは予期せぬ理由で長期に渡って帰国することになった自身の思いが投影されている。
初めて東京の街を作品として撮影したという佐藤康気だが、今回の『逆光』でどんな思いを表現していたのかを振り返る。

NYで制作する予定が日本にいなくてはいけなくなって
ー今回の展示『逆光』は単独個展でとして考えると2022年の『NOSTALGIA』以来、約1年8ヶ月ぶりになりますね。どういった経緯で開催に至ったのか教えてください。
佐藤康気(以下、康気):前回の個展を開催して写真集を出した際に、自分の中では出し切った感覚がありました。なので、その後は仕事での撮影を中心に作品制作活動からは少し離れていたんです。そんなあるとき、パラダイム(NYの出版社、PARADIGM。前作の写真集も共に制作した経緯があり、佐藤康気と強い繋がりがある)が東京でポップアップをやることになり、一緒に写真展をやりませんかというお話をいただいたんです。そもそもを辿ると、パラダイムは前回の展示『NOSTALGIA』に合わせてポップアップを開催しようと計画していたんですがコロナ禍で頓挫していたので、2年越しに実現したことになります。
ー写真展を開催するにあたって、当初から東京のランドスケープを撮ろうと考えられていたんですか?
康気:いえ、最初は「NYの写真で」という形で話を進めていましたし、海外で撮影した写真を出そうと考えていました。ところが今年の3月末に家族が体調を崩して、NYから日本に帰らないといけない事態になってしまいました。家族とも相談した結果、長期間いてほしいということになり6月から一旦、日本に戻ることを決めました。そうなると、NYで作品制作ができなくなってしまうと。そこで、東京を撮影してそれを日本で発表する考えに至りました。


ー東京の街を作品として撮影するのは初ですよね?
康気:そうですね。NYに渡ったのは2009年のことで、それ以降こんなに長期に渡って東京に戻ってくることはなかったですし撮影したこともありませんでした。ただ、ずっと自分が生まれ育った東京という街を撮ることに、いつかは挑戦したいとずっと思っていました。

ーいつか東京を撮影したいというのは地元だからですか?
康気:それもありますが、随分前に日本の出版社の方に写真を見ていただいた際に、「まぁ、被写体が違うからね。アメリカだし。」といった感想をいただいたことがあるんです。それはもちろんそうなんですけど、自分としては海外の写真だからカッコいいと思われるのはちょっと違いますし、どんな場所の写真でも作品として魅力的だと思ってもらえるものを撮れるようにならなくてはいけないと考えていました。なので、今回は東京を作品にするという初の機会をいただいて、どんな反応がもらえるのか。今の自分がどのように表現できるのか、というチャレンジでもありました。
客観的に捉えた地元・東京の街並み
ー東京を撮影するにあたって何かテーマなどを設けたりはしましたか?
康気:できるだけ東京という街を客観的に捉えようとしました。これは長くNYで生活している自分だから出来ることではないかと思います。日本人として海外に住むことで見える客観的視点と、自分自身の記憶にある東京という視点をうまくミックスさせた新しい東京感を表現したいと思って撮影を進めました。


ー日本人としての表現と異邦人としての表現が合わさった形は、まさに康気さんだからこそ成し得ることですね。
康気:はい。その感覚はNYで制作するときも同様にあります。アメリカで撮影をしていても日本人としてのアイデンティティは作品に反映されていると思いますし、そこを評価してくださる方もいらっしゃるので、同じ気持ちで東京を撮影したいと思いました。
ーランドスケープなど人物のポートレート以外の表現にフォーカスするようになったのは前回の『NOSTALGIA』以来になりますか?
康気:そうです。セオフィロス(PARADIGMの代表)が「ポートレートもいいけど、ランドスケープの切り取り方に個性を感じるよ」という意見を言ってくれたことが『NOSTALGIA』に繋がり、それが自分の1つのスタイルになったと思います。ただ、前回は抽象的な写真が多かったですけど、今回はもう少し具体性を持たせた風景を撮影したり、ポートレートではないにせよ、人の気配が感じられるような写真も撮影しました。

ーそんな康気さんから見て、東京らしさを改めてどこに見つけましたか?
康気:1つは色ですね。例えば東京の夕暮れって綺麗なオレンジの空はあまり見られないように思うんですよ。夕方になると雲がかかってきて淡いブルーになり、それがビルのグレーと重なっていくようなイメージがあって。それこそ展示している新宿の光景は、まさに自分の思い描く東京の色だと感じています。
ー作品は東京の各所を撮影されていますが、どのように制作を進めていったんですか?
康気:どこを撮影するかを考えたときに、まずは歩くことからだなと。実家がある代々木を起点にエリアを広げていきました。中学高校の頃は、東京と言っても新宿、渋谷、原宿で遊ぶことが多かったので、皇居の周辺やその東側も巡ってみました。銅像の写真は皇居にある楠木正成像です。こういった銅像は各国にあるものですけど、その国の歴史を端的に示すものですよね。観光で来た外国人が見たら、やはり日本は侍なんだなって気持ちになると思いますし、この辺りは東京を客観的な視点から捉えたものになります。多重露光を何点か試みたのは、東京の街感をレイヤーとして表現できるのではとの発想からです。

初めてパーソナルな思いを写真に投影させた
ーそんな東京を撮影した展示ですが、タイトルを“東京”ではなく『逆光』にしたのはどういう理由がありますか?
康気:タイトルには作品制作に至った自分の環境と心情が投影されています。逆境に立たされたとき、逆風に向かって自分を奮い立たせなくてはいけないし、そこで光を求めなくてはいけない。そんな感覚で『逆光』と名付けました。それは身体を悪くしてしまった家族にも向けています。僕は私的な思いを表現するのではなく、写真という制約のなかで表現できる深さに重きをおいてきましたが、今回に関してはパーソナルな心情が動機になったと思っています。


ーありがとうございます。最後に。今後やっていくことや予定しているプロジェクトなどがあったら教えてください。
康気:東京、大阪での展示が終わったら、再びNYへ戻ります。実は今、もう1冊本を作っているんですよ。Scarr’s PizzaというNYのピザ屋さんがあって、来年一緒にヴィジュアルブックを出す予定です。レシピからお店の内装や彼らの仲間、ローカルの様子も含めて撮影を進めています。その刊行に向けて、もう少し撮影を詰めていく予定です。他にも今回の『逆光』を経て、NYの方で実現しそうな話がいくつかあるので、形にできるようしっかり活動していきたいと思っています。
ーピザショップの本! 非常に楽しみです。やはり、今後も活動のメインはNYということになりますか?
康気:今まではNYを拠点に活動してきましたが、今後はNYと東京の2拠点で活動していくことを目標にしています。今は多くのクリエーターが日本を魅力的に感じてくれていますので、僕も海外でその魅力を発信したいと思いますし、同様に海外での活動を日本へと繋げる機会をもっと増やしていきたいと考えています。



PROFILE
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佐藤康気
写真家。東京生まれ。2009年に東京工芸大学写真学科を卒業後、渡米。2011年にニューヨークのI.C.P. (インターナショナル・センター・オブ・フォトグラフィー)を卒業後、ファインアートとしての写真制作を主に、ブランドのビジュアルやアーティス トのポートレイトを数多く手掛ける。2016年に写真集 “99¢ CITY”、2019年に写真集 “fragile”を発表。2021年に写真集 “NOSTALGIA”をParadigm Publishingより出版。同年、ニューヨークのMast Booksと東京の The Plugにて個展を開催。