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#ART & CULTURE

CINEMA FREAK!! Vol.8 『哀れなるものたち』

Text:Mikiko Ichitani

Illustration:Ryutaro Suetsugu

Edit:FREAK MAG.

サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。

 

今回は、アカデミー賞女優エマ・ストーンとギリシャの鬼才監督ヨルゴス・ランティモスが二度目のタッグを組んだ『哀れなるものたち』をピックアップ。世界中の映画賞を席巻し、早くも2024年最重要作品とも名高い本作の魅力について考えてみたいと思います。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

タイトル:『哀れなるものたち』

監督:ヨルゴス・ランティモス

原作:「哀れなるものたち」アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)

出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

2023年製作/142分/イギリス

公式HP:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings

<あらすじ>

不幸な若い女性ベラ(エマ・ストーン)は自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という強い欲望にかられた彼女は、放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘われて大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは時代の偏見から解放され、平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。

来たる3月10日に発表される、第96回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞はもちろん美術、衣装デザインを含む11部門のノミネートを果たしている本作。

 

『女王陛下のお気に入り』(2018)で初めてタッグを組んだヨルゴス・ランティモスとエマ・ストーンの相性は抜群のようで、すでに次作『Kind of Kindness』の公開も決定しているとのこと。本作でエマ・ストーンはプロデューサーとしても参加していて、作品にかける情熱はその体当たりな演技からもビシバシ伝わってきます。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

エマ・ストーンが演じるのは、新生児の脳を移植され、まっさらな人生を一から送るベラ。見た目は美しい成人女性、中身は幼児という名探偵コナンもびっくりな設定ですが、歪んだレンズが捉えるモノクロームの世界のなかで、鳥と犬が組み合わさった奇天烈なペット、フランケンシュタイン博士を想起させるつぎはぎだらけの医学博士ゴッドウィン・バクスターなど異様な造形のキャラクターが当たり前に出てくるので、全然気にならなくなります。

 

冒頭で惹きつけられるのは、ヴィクトリア朝風のスカートを脱ぎ捨てて、アンダーウェアとパフスリーブの姿で家の中を縦横無尽に動き回るベラの姿。初めてみるもの、触るもの、食べる味、その全てが新鮮で、嬉しそうに目を回し、手を叩く姿は本当に赤ちゃんそのもの。よちよち歩きで、単語を繋いで少しずつ会話ができるようになってゆく愛おしい姿が強い印象を残します。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ゴッドウィンの生徒マックス・マッキャンドレスとの出会いによって、ベラのなかに新たな感情が芽生え、それに伴って生じる心身の興奮や身体の疼きなどの自身の変化をより追求しようと試行錯誤してゆく姿がユーモアたっぷりに描かれます。もちろん、周りの大人たちはそういった性欲をオープンにすることをタブーとして教えますが、ベラにとっては何がいけないのか分からない様子。性に対する倫理観の物差しって誰が決めているんだろう。

 

そんな自分のなかでも凝り固まってしまった一般論について考えさせられるシーンが、この作品のなかではあらゆる場面に転がっているのもポイントのひとつです。

 

家の中だけで育ったベラの好奇心は外の世界へと向けられ、マックスのプロポーズを受け入れて婚約者になったかと思えば、放蕩者として悪名を持つ弁護士ダンカン・ウェダバーンと結婚前の駆け落ち旅行へと出かけてゆくことに……。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ベラの目線で終始描かれる世界旅行。世界が彩りを纏う様子をカラーフィルムが鮮明に映し出し、空や海、建物などスクリーンに広がる、まるで絵画のような美しい情景に心を奪われます。最初に訪れたリスボンでは、酒と牡蠣、そしてエッグタルトの魅力に沼落ちし、疲れたらダンカンとのセックス=“熱烈ジャンプ”に興じる日々。

 

快楽の全てを手に入れたベラは、新たな刺激を求めて一人で街へと冒険に出かけるようになるのですが、その行動にダンカンは次第に不満を募らせていきます。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

これまで多くの女性を誘惑し、手懐けてきたダンカン。初めこそ余裕ある紳士的な姿勢をみせていましたが、ベラの成長が進むにつれ、自分の手のなかに収まらないジレンマから酒とギャンブルに溺れ、金も権威もプライドも失い、思考や言動が幼児退行してゆきます。

 

その一方で、新たな交友関係を育み、さまざまな哲学や思想をスポンジのように吸収しながら成長してゆくベラは、だんだんと歩行も発声もスムーズになり、洋服の着こなしや表情まで洗練され、二人の成長曲線が見事なまでに反比例して進んでゆくさまが劇場で笑いを誘っていました。

 

旅の途中で立ち寄ったアレクサンドリアで、ベラは今まで出会うことのなかった貧困や死と隣り合わせで生きる人々の姿に衝撃を受けます。目の前の人々を救うだけでは解決できない深い悲しみは、“どうすれば世界を変えることができるのか” という一層高い思考へと彼女を連れ出します。

 

それまでは自分のやりたいことを主張するだけだった彼女が、正しい行動とは何かを考え、ときには失敗を繰り返しながらもひたむきに正しさを求めて邁進する姿に、気づけば親心で観ていた私は感動すら覚えるのでした。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

旅の最後に辿り着いたのは、花の都パリ。一文無しとなり途方にくれるダンカンの横で、お金を工面してくると立ち上がったベラが向かうのはまさかの娼館でした。女主人、スワイニーに気に入られたベラは、身体の快楽を得ながら空いた時間に世界とその改善について学ぶことができるという合理的な理由で自ら娼婦として働くことを選択します。

 

娼婦として働くためのルール(女性が男性客を選ぶことができないことなど)に疑問を感じながらも、変えることのできない環境下でいかに自分の精神衛生を守りながら働くことができるかと工夫しながら折り合いをつけていく姿はたくましく、社会や対人関係でぶつかる壁に対して、視点を変えていかに自分自身がモチベーションを保ちながら向き合うことができるのかを考えさせられ、現代を生きる私たちにとっても教訓となる場面が多くありました。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

本作をきっかけに過去のヨルゴス・ランティモス作品を一気に観てみたのですが、夢物語のような壮大な世界観のなかに観客を放り込み、社会の倫理観や固定概念に疑問を投げかける彼ならではの手法には毎度脱帽させられました。

 

その多くは持たざる者たちが非日常的な抑圧された環境のなかで生き抜くために、もがきながら人間の本能や本性をまざまざと見せつけていくものが多く、なかでも一貫していると感じたのは性行為の描き方。どの作品のなかでも、快楽を相手に与えることを一つの交渉の手段としており、そこには男性から女性への威圧感やいやらしさよりも潔さが優っていて独特なシーンとして記憶に残っています。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

歪んだ不均衡な世界のなかで、自分自身の正しさを信じ抜くこと、間違いを認めて常に前を向いて選択を続けること。哀れな人間たちがこの世界を生き抜くためになにができるのか、そして目の前にある大切なものについて考えさせてくれる壮大な物語。美しい世界に酔いしれるべく、大きなスクリーンでの鑑賞をおすすめします。

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