サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
今回は、実際に起きたサッカー代表チームの物語をベースにしたタイカ・ワイティティ監督作品『ネクスト・ゴール・ウィンズ』をご紹介。寡黙でクールな役柄の多いマイケル・ファスベンダーを主演に、笑いあり涙ありの温かい作品に仕上げたスポーツムービーは老若男女問わず必見です。
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
タイトル:『ネクスト・ゴール・ウィンズ』
監督:タイカ・ワイティティ
出演:マイケル・ファスベンダー、オスカー・ナイトリー、エリザベス・モス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2023年製作/104分/イギリス・アメリカ
<あらすじ>
2001年、ワールドカップ予選史上最悪の0-31の大敗を喫して以来、1ゴールも決められていない米領サモアチームに次の予選が迫っていた。破天荒な性格でアメリカを追われた鬼コーチ、トーマス・ロンゲン(マイケル・ファスベンダー)が就任し、立て直しを図るが、果たして奇跡の1勝は挙げられるのか!?
『ジョジョ・ラビット』(2019)でアカデミー賞にノミネートされるも作品賞は逃し、マーベルの超大作『マイティ・ソー バトルロイヤル』でティーン・チョイス・アワード(アメリカのティーンエイジャーがSNSを通じて投票するアワード)の敗者として、予告動画のなかで散々皮肉られているタイカ・ワイティティ監督の最新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』。ニヒルな謳い文句に惹かれて観てみたら、とんでもない傑作でした。
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舞台はアメリカ領サモア。一言でサモアといってもサモア独立国とは通貨も違えば、時差も24時間ある(日付変更線を隔てているため)全く別の国です。2001年の日韓W杯オセアニア予選で、強豪オーストラリアを相手に31-0という歴史的完敗を喫した米領サモアは、以降10年以上もFIFAランキング最下位の弱小チーム。これまで1ゴールも決めたことのない負け犬チームに遣わされたのが、マイケル・ファスベンダー演じる気性の荒い鬼コーチ、トーマス・ロンゲンです。
トーマス・ロンゲンはオランダ出身の元サッカー選手で、現役引退後はU-20アメリカ代表の監督を務めるも、激昂しやすい破天荒な性格からアメリカを追われた実在の人物。そして、米領サモア代表の世界最弱サッカー伝説も事実です。
実話に関しては2014年公開のドキュメンタリー『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』のなかで鮮やかに描かれているので、興味のあるかたはこちらもぜひ観てみてください。
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米領サモアに降り立ったトーマスは、空港で突撃インタビューをしてきたカメラマン兼サッカー協会会長のタビタ(島内は深刻な人手不足のため、このほかにレストランも経営している)に促されるがままに新しい生活へと足を踏み入れてゆきます。
法定速度は32km、街にはコンビニとスーパーと土産物とビデオショップを兼ねたバラエティショップがあり、毎日決まった時間になると人々は全ての動きを止めて祈りを行い、日曜日は礼拝と休息を行うために働きません。これらのゆるゆるエピソードから、宗教と家族を大切にし、土地の歴史と伝統に誇りを持つこの島の国民性を知ることができます。
これまでサッカーのためだけに生きてきたトーマスは、猫パンチで先制を食らうかのようななんとも歯切れの悪いローカルギャップの数々に、「やる気がないなら帰ってやる」と息巻くことも。しかし、そんなトーマスの姿に憤ることなく、「私たちは自分を否定しない。ただ、やり方が違うだけなんだ」と受け入れるタビタ。何度も投げ出されそうになりながらも、「たった一つのゴールでいい」と優しいトーンでしつこく念じ続けるタビタの姿は、打たれ強い米領サモアの人々の気質を表している気がしました。
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肝心の代表チームはというと、運動神経も体格もバラバラの寄せ集め。そのなかには、「第三の性別を持つ」といわれるファファフィネであるジャイヤの姿も。このファファフィネというのは、サモアの伝統的な文化に根ざし、古くから尊重されてきた性別で男性に生まれながら女性として、あるいは女性のように生きることを選んだ人のことを指しています。
西洋発祥の一般的なトランスジェンダーとはルーツが異なっており、サモアではキリスト教の伝来よりも古くから認識され、ヒーラーや教師、スピリチュアル・ガイド、文化と伝統の保持者といった特別な役割のために崇拝されてきた存在。
このジャイヤも実在の人物で、FIFA公式戦初のファファフィネ、そしてトランスウーマンとしてサッカーの歴史に革命を起こしたジャイヤ・サエルアをモデルにしています(演じているハワイ出身のカイマナもファファフィネです)。
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お互いの大切にしている価値観の違いから、はじめは衝突を繰り返すトーマスとジャイヤでしたが、だんだんとお互いの違いを認めて受け入れあっていく過程にジーンとしつつ、刻一刻と迫るW杯予選に向けて、即戦力のスカウト活動と並行して、映画『ベスト・キッド』のMr.ミヤギ流のユニークな練習方法にトライし、着実にパワーアップしていくスポーツドラマならではの王道の爽快感も見どころの一つ。念願の公式戦で1ゴールは実現できるのか?直前までハラハラの展開が続きます。
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本作で私が最初に心を掴まれたのは映画の冒頭で、サッカー協会のオフィスに呼び出され、これまでの数々の不祥事を理由にクビか米領サモアの代表監督か2択の決断を迫られるシーンで説明される、“悲しみの5段階”のプロセス。
“悲しみの5段階”とは、喪失を経験した後の自分の感情や気分の変化をよりよく理解するのに役立ち、悲しんでいる人が自分は一人ではないことを認識するのにも有益な心理的プロセスのこと。
劇中では、壁に映し出されるスライドの文言通りに、クビ宣告からの「否認」「怒り」「取引」「落胆」「受容」を体現するトーマスの姿がユーモラスに捉えられていますが、この5段階はこのシーンだけでなくこの映画全体の解説という役割も果たしています。
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これは、トーマス自身がキャリアのどん底から立ち直るという本筋もそうですが、トーマスと別居中の妻ゲイル、そして遠く離れたところから頻繁に留守電を残す娘という少々訳ありな家族の話としても当てはめられます。
さらには、自分自身のなりたい姿とやりたいこととの間で苦しむジャイヤや歴史的な大敗によってその名を全世界に知らしめた元ゴール・キーパーのニッキー・サラプが過去のトラウマと向き合うために試行錯誤してきたエピソードなど、本当にありとあらゆる人々の悲しみや不安をすくい上げて、負けてもいいから「みんな、幸せになろう」と抱きしめてくれるような瞬間が劇中にはたくさんありました。
大事なことはなんだろうと人生に迷ったときにこそ、何度も観返したくなる本作、ぜひお楽しみください。
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