サブスクが主流になり、外でも家でも大量のコンテンツを消費できる時代だからこそ、何を観たらいいのか分からない!という人も多いのでは?「シネマフリーク!!」では、映画館で上映中の話題作から、ちょっとニッチなミニシアター作品、おうちで観ることのできる配信作品など数多ある映像作品の中からライターの独断と偏見で、いま観てほしい一本を深掘りします。
『ソーシャル・ネットワーク』(2010)などで知られる俳優ジェシー・アイゼンバーグの2本目となる長編監督作品『リアル・ペイン〜心の旅〜』が公開中。痛みや悲しみといった繊細かつ、普遍的なテーマを彼ならではのウィットとユーモア満載に描いた本作は、超私的2025年のベストムービーに決定しました。
© 2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
タイトル:『リアル・ペイン〜心の旅〜』
監督:ジェシー・アイゼンバーグ
出演: ジェシー・アイゼンバーグ、キーラン・カルキン、ウィル・シャープ、ジェニファー・グレイ
配給: ウォルト・ディズニー・ジャパン
2024年製作/90分/アメリカ
公式HP:https://www.searchlightpictures.jp/movies/realpain
<あらすじ>
ニューヨークに住むユダヤ人のデヴィッドと、兄弟のように育った従兄弟ベンジー。現在は疎遠になっている2人は、亡くなった最愛の祖母の遺言によって数年ぶりに再会し、ポーランドのツアー旅行に参加することに。
正反対な性格のデヴィッドとベンジーは時に騒動を起こしながらも、同じツアーに参加した個性的な人たちとの交流や、家族のルーツであるポーランドの地を巡るなかで、40代を迎えた自身の生きづらさに向きあう力を見いだしていく。
『イカとクジラ』(2006)や『ゾンビランド』(2010)などで演じた不器用で神経質な青年のイメージが強いジェシー・アイゼンバーグ。
2022年にはジュリアン・ムーアとドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」シリーズのフィン・ウルフハードをメインキャストに迎えた『僕らの世界が交わるまで』で監督・脚本家デビューを果たし、今や映画監督としても注目されています。
そんな彼の新作の原点は、2008年に自身が訪れたポーランド旅行でのこと。ユダヤをルーツに持つ彼の叔母が実際に暮らしていた家を訪れたときに、「もしも戦争がなかったら今もここに暮らしていたのだろうか?僕は何者だったのだろう」という疑問が浮かんだと言います。
2013年には、「The Revisionist」という劇作品としてオフ・ブロードウェイで上演。その後映画脚本化を試みるもなかなかうまくいかず、紆余曲折のすえに辿り着いたのがこの『リアル・ペイン〜心の旅〜』でした。
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映画は多くの人々が行き交うニューヨークの空港からスタートします。国籍、性別、年齢の異なるさまざまな人々が思い思いに過ごす出発ロビーを流れるように動くカメラ。クローズアップの先にはキーラン・カルキン演じるベンジーが映し出され、彼の顔に原題である「A Real Pain」文字が浮かびあがります。
この「A Real Pain」というタイトルは直訳すると、“本当の痛み” という意味になりますが、英語圏では、“困ったやつ” という自分を困らせる人間に対しての表現としても使われています。空港に集う人々のなかで、“困ったやつ” という看板をぶら下げ、宙を見つめるベンジーの表情がなんとも印象的で、映画への期待感も膨らみます。
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一方で家を出る瞬間から、タクシーに乗り込み、空港に着くまで何度も執拗に電話をかけ続ける男性。その仕草や話し方から極度の心配性で神経質な性格であることが伝わってくるのですが、彼こそがジェシー・アイゼンバーグ演じるこの物語の主人公であり、ベンジーのいとこのデヴィッドです。
一向に電話に出ない相手に不安を募らせながらチェックインカウンターへ向かうと、想定を超えたアッパーなテンションのベンジーが現れます。開口一番に「最上級のハッパを用意したから旅先で楽しもうぜ!」と意気揚々と語る姿に、真面目なデヴィッドは終始ハラハラ。そんな心配をよそに保安局のスタッフとも楽しげにコミュニケーションをとるベンジーとのキャラクターの対比がとても自然に描かれています。
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旅の目的は、数ヶ月前になくなった最愛の祖母ドリーが暮らした故郷ポーランドを巡り、彼女を偲ぶこと。
事前に申し込んでいたホロコーストツアーに合流した2人は、ユダヤ人の歴史とポーランドに対する知識に長けた英国人ガイドのジェームズ、ホロコーストを生き延びた母を持ち、最近離婚したばかりのマーシャ、ポーランド出身のユダヤ系アメリカ人のマークとダイアン夫妻、そしてルワンダ虐殺を生き延び、辿り着いたカナダでユダヤ教に改宗したエロージュという異なるバックボーンを持つ個性豊かな5人と出会い、旅をスタートします。
ホロコーストを辿る旅というと、昨年の『関心領域』のように大戦下の悲劇に思いを巡らせる物語に感じますが、この作品ではあくまでキャラクターたちが共通して認識する悲しみのひとつとして描いていて、もっと普遍的に、もっと身近な私たちが日々心の一部で感じるモヤモヤにスポットを当てているところが大好きなポイントです。
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安定した職に就き、愛する妻と子と暮らすデヴィッドは、一見ベンジーよりも恵まれた環境にいるように見えますが、毎日強迫性障害の薬を服薬し、周りの目を気にしながら行動しています。その一方でデリカシーがなく、他人に迷惑をかけながらも、最終的にはなぜかみんなから愛されるベンジー。そんな自分とは対照的ないとこに対して、憧れと憎しみの相反する気持ちを滲ませるデヴィッドの愛らしい困り顔も見どころのひとつ。
じゃあベンジーは精神的に安定しているのかというと、とても繊細で痛みを感じやすく、自分を傷つけた過去があることも劇中でデヴィッドは触れています。
兄弟同然に育ち、子供のころは無邪気にいたずらばかりしていた2人も、成長とともに学校や会社といった異なるコミュニティへと進み、考え方や感じ方も変化しながら異なる価値観を身につけてきたはず。その過程で経験してきたそれぞれの悲しみについてどのように向き合えばいいのか。旅の途中でストレスフルになり爆発したデヴィッドの悲痛な告白はとても身近に感じられ、心が揺さぶられました。
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常にオープンマインドで人との距離をぐいぐい縮めるベンジーは、自分の要望を伝える前にまず相手を褒めるなどコミュニケーション能力がとにかく高い!それでも、ただ八方美人なわけではなく、自分自身の正義を絶対に曲げない場面がところどころで出てきます。
デヴィッドが自分の仕事の説明をしている最中に客室乗務員が安全装置の説明を始めたら、「話を聞かないと失礼だろ。あの人仕事中なんだから」と真面目な顔で話を遮ったり、ツアーの移動で乗った電車が一等車であることに違和感を感じてみんなから離れたり。傍目で見ると失礼に感じる人もいるかもしれないけれど、彼の主張はいつも正論で周りの人々は困惑しながらも、その行動の真意に触れて考えさせられるのです。
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こういった場面が多く見られるのは、映画版の脚本化に苦戦していたジェシー・アイゼンバーグがふとネットで「ホロコースト・ツアー(昼食付き)」という広告を見つけたことから物語が動き出したことに起因していると思います。こういったさも正しいことのように見えて、どこかチグハグな感情を促す情報が溢れている現在。
SNSが発展したことによって自分の思想やアクションを簡単に発信することができるからこそ、心からの連帯も他者の目線を意識したポーズも一緒くたに混ざり合って、本当の痛みや悲しみと向き合うということがどこか曖昧なものに感じられてしまうことが多いような気がします。
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では、自分の経験を遥かに上回る悲劇や想像のできない痛みを知ったときどのように反応したら良いのでしょうか。劇中では、戦時中の姿を残したままのマイダネク強制収容所やワルシャワ蜂起記念碑などさまざまな大戦下の残像を感じる場所を巡ってゆきます。
私も修学旅行で沖縄など第二次世界大戦の傷跡を訪れたことがありますが、やはりどこか過去の歴史として亡くなった人々の数や戦争に駆り出された子供たちの年齢など、当時の数字や事実を並べて理解できたような気持ちになっていたと思います。
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このツアーの終盤に訪れた墓地でベンジーは、丁寧に歴史を解説するジェームズに対して説明を控えめにして欲しいと頼みます。想定外のリクエストに最初は面を食らうジェームズですが、亡くなった人のために「あなたを忘れない」という想いを込めて石を置いていこうと提案し、みんなで石を探し始めます。
突然大人たちが石を探す光景は少し滑稽で笑いもこぼれる場面ですが、これこそが向き合うということなんだとじんわり気付かされました。過去の歴史として流していくのではなく、確かにそこにいた人に想いを馳せること。そうやって悲劇を現実としてしっかりと見つめ、受け止めることで目の前にいる人の痛みにもっと寄り添うことができるから。
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はじめはベンジーのあけすけな言動に戸惑っていたデヴィッドが、旅を進めるうちに少しずつ自分の気持ちをぶつけたり、相手を気にかけるからこそ遠慮せずにまっすぐ怒ったりと不器用でも一歩ずつ心を開いていくさまに気づけば大号泣。
全編を通して、そういった一人ひとりの内面にある小さなやましさや違和感に訴えかけてくる塩梅が本当に絶妙で、正しい人が正義を振りかざして糾弾するのではなく、みんな何かを間違えながら懸命に生きている姿を映すことで、優しく自分と向き合うことを促してくれる作品だと感じました。
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旅を終えてニューヨークへと帰る2人。デヴィッドは愛する家族の待つ我が家へ、ベンジーは変人を観察するのが楽しいからと空港に残ります。カメラは冒頭と同じ動きで人々に紛れるベンジーを映し出し、またもや原題が彼の横に現れます。
90分間の旅を終えた私には、その言葉の意味はまた違ったものとして感じられました。ただの“困ったやつ”ではなく、“本当の痛み”に寄り添うことのできる弱くて優しい人々に向けたメッセージのように。
物語としてはかなりシンプルですが、彼らの数日間の気持ちの揺れ動きや葛藤から、私たち自身が見過ごしていた感情を掬い出して肯定してくれるセラピーのような映画だと思いました。
ポーランドの広大な風景と詩的で情緒豊かなショパンの名曲たちが彩る美しい旅へ、ぜひみなさんも出かけてみてはいかがでしょうか。
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