長引く自粛生活の影響で、ストリーミングサービスなどを利用したおうち映画が主流となった昨今、映画館で最新映画を観る機会がぐんと減ってしまった。おうちで好きな時に観られる手軽さもいいけれど、臨場感抜群の最新作品をシネコンの最新鋭の設備で観たり、映画好きたちが集うミニシアターの空気に包まれるという何にも変えがたい鑑賞体験はいつまでも忘れずにいたいと思う。そんな映画フリークなライターによる、今劇場で観てほしい作品を紹介してゆく連載企画「CINEMA FREAK」。
今回は、鬼才ポール・トーマス・アンダーソン監督が愛してやまない70年代のカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーを舞台に若い男女の出会いを描いた、青春映画『リコリス・ピザ』。
タイトル:『リコリス・ピザ』
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
配給:ビターズ・エンド、パルコ、ユニバーサル映画
2021年製作/134分/アメリカ
7月1日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!
溢れ出す高揚感に思わず走り出したくなる度 ★★★★★
こんな人におすすめ・・
70年代のアメリカに思い入れがある人/ノスタルジックな映像に浸りたい人
1970年代、ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。子役として活躍する高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)が生徒写真の撮影で高校に来ていたカメラマンアシスタントのアラナ・ケイン(アラナ・ハイム)に一目惚れをする。「君と出会うのは運命なんだよ」強引なゲイリーの誘いが功を奏し、歩み寄りとすれ違いを繰り返しながらふたりの距離は徐々に近づいていく——。

©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『マグノリア』(1999)、『パンチドランク・ラブ』(2002)、『ザ・マスター』(2012)といった作品でベルリン、カンヌ、ヴェネツィアの世界三大映画祭すべてを制し、映画界の伝説を更新し続ける天才ポール・トーマス・アンダーソンの最新作は、自身の過ごした70年代を色鮮やかに再現した青春映画。これまで、ダニエル・デイ=ルイスやホアキン・フェニックスといった映画界を牽引する名優たちとタッグを組んできた彼が本作で起用したのは、デビュー作以来の常連である故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子、クーパー・ホフマンとオルタナティブロックバンドとしてアイコン的な存在感を発揮する三姉妹バンドHAIM(ハイム)の三女、アラナ・ハイム。劇中には、アラナの家族として、姉のエスティとダニエル、そして両親も揃って登場する(ハイム一家との繋がりは、アンダーソン監督と同郷であるということに加え、監督が8歳の頃に姉妹の母親から美術を習っていたという関係性もあるとのこと)。

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『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2005)以降、ポール・トーマス・アンダーソン映画に欠かせないサウンドの要としてレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが本作でも音楽を担当。また、実際に当時の街角で流れていたであろう70年代ポップサウンドが物語に彩りと奥行きを与えている。映画初主演の二人のフレッシュさと持ち前のカリスマ性が見事にマッチし、衣装、セット、音楽といったすべての要素で作り上げる優雅な世界観の中で、若者の特有の衝動がありありと映し出された映像美は本作の醍醐味とも言えるだろう。

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監督の友人であるプロデューサーのゲイリー・ゴーツマンの実話をベースにした本作。子役として活躍したのちにウォーターベッドの販売やピンボール店開店などを次々と行い、若くから実業家としての才能を開花させる主人公のゲイリーはまさに彼の青春時代そのもの。ほかにも作中に出てくる人物や場所、セリフなど70年代のハリウッドを彷彿とさせるオマージュがそこかしこに散りばめられている。物語の中盤でアラナが出会うショーン・ペン演じる大物俳優やトム・ウェイツが演じている映画監督も実在の人物のプロフィールを細かく再現している。また、70年代当時悪名高きプロデューサーとして名を馳せていたジョン・ピーターズも物語の起爆剤として本人承諾のもと登場。実際のエピソードを織り交ぜながら、ピーターズ本人が脚色を加えた奇人プロデューサーの姿をブラッドリー・クーパーが豪快に演じているのも見どころの一つだ。

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25歳でカメラマンアシスタントをしながら将来について漠然と不安を抱くアラナは、どこか大人になりきれない女性のみじめさや脆さ、浅はかさといったモヤモヤが渦巻いたキャラクターだ。器量の良さやユーモアから男性からゆく先々で好意を寄せられるも、結局うわべだけの関係ばかり。10代のゲイリーに対して大人ぶって距離を置きながらも、女の影が見えるとヤキモチを妬いたりと傷つくたびに素直になっていく姿も愛おしい。一方で、子役としてショービジネス界にも顔が利く15歳にして実業家のゲイリーというキャラクターは、少し浮世離れしていてリアリティを感じることが難しいかもしれない。しかし、子供っぽいジョークにはしゃぐ姿や、誤認逮捕をされて何もできずに立ちすくむ姿、ボロボロのジャック・パーセルといった細やかなシーンの端々によって、彼の内側に秘めた純粋さが浮かび上がってくる。
子供と大人の狭間で揺らぎのように寄り添ったり、離れたりを繰り返しながら辿り着いたクライマックスは、同じように甘酸っぱい青春時代を通過した大人達にとって愛さずにはいられないはず。15歳のゲイリーと25歳のアラナの不器用だけど本気の初恋模様に、思わず一緒に駆け出したくなる。眩いばかりのサマームービーをぜひスクリーンで堪能してほしい。

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