UPDATE : 2022.11.09

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#LIFE STYLE

ハロー・ワーク!お金と生きがいについて。02 狂気をはらんだ「好き」で続いていく。ブックディレクター幅允孝の哲学。

Photo:Taro Karibe

Text:Ryutaro Ishihara

Edit:Taiyo Nagashima,Sayuri Otobe
 
 

宮下拓己さんをガイドに、さまざまな人の「お金と生きがい」について考える当連載。2回目は、宮下さんとは年齢こそ違えども気心知れた仲でもあるブックディレクターの幅允孝さんと共に「好きなことで稼ぐ」について考える。

 

幅さんは大学卒業後に青山ブックセンターでの勤務を経て、雑誌『POPEYE』の創刊や人気深夜番組『トゥナイト2』のキャスターを務めた編集者・石川次郎さんのもとで働き始める。そこでツタヤ トウキョウ ロッポンギ(現 六本木蔦屋書店)の選書に関わったことを機に、2005年に独立。「BACH(バッハ)」を設立し、病院や図書館等の施設におけるブックディレクションを中心に行っている。

 

幅さんは、「好きとは本来狂気を含むもの」と言う。軽やかな口調の裏に垣間見える執念とともに「ブックディレクション」という仕事を開拓してきた幅さんだからこその言葉だ。「好き」って何だろう。「お金」って何だろう。そんな素朴な疑問をぶつけてみた。

 

 


 

宮下:おひさしぶりです。幅さんの手がけられた「湯宿 さか本※ 」、読みましたよ。

 

※グラフィックデザイナーの鈴木孝尚さん、写真家の中島光行さん、ブックディレクター・編集者の幅允孝さんの3人の頭文字をとった「すなば」という出版レーベルから発刊された、能登にある「湯宿 さか本」を一冊に収めた写真集。

 

幅:ありがとうございます。本を読むことは好きだけど文章を書くことは好きじゃないので、昨年末はその執筆でドタバタでした(苦笑)。いまも書かなきゃいけない原稿が溜まっているし。

 

宮下:そんなときにすいません(笑)。今日は「ブックディレクション」という仕事をつくり出した幅さんに「好きなことで稼ぐ」について色々話をしてみたいなと思っています。これまでもお話させてもらっていますが、いまの仕事につながる幅さんの原点ってなんだったのでしょうか?

 

幅:かなりさかのぼりますね。小学生時代、僕はお小遣い制だったのですが、母の意向で本を買うときだけはお小遣いとは別でお金をもらって買うことができたんです。当時はミニ四駆とかビックリマンチョコとかが流行っていて、お小遣いをそっちで使い尽くすと近所の本屋に駆け込んでずっと本を読んでいました。それが原点でしょうか。

 

宮下:ゲームとかはしなかったんですか?

 

幅:友達の家ではよくしていましたよ。ただずっと友達の家に居座るわけにもいかないじゃないですか。テレビとかも見ていたけど熱中していたわけではない。

宮下:時間つぶしに近い感覚?

 

幅:うーん、何かを知ろうと思ったときに本だけが頼りだったんです。しかも「ツケ」で本が買えていました。たまたまお小遣いとは別で買えたし、時間もあったしという感じですかね。僕も子どもがいるので何となくわかりますが、子どもって親の顔を見て本を選ぶんですよね。これを読んだら良く思われるかな、とか。けれど、ツケ買いができると、より自由に本を手に取ることができたのです。だからいろいろ読みましたよ。自然科学系の本も、小説もマンガも。

 

宮下:いつも幅さんと話していると、本当にいろいろなことを知っている方だなあといつも驚きます。本を仕事にしようと思ったのはどのような経緯ですか?

 

幅:僕ね、そもそもあまり働きたくなかったんです。だから大学を卒業するタイミングで「幅的お祭りを周るツアー」と勝手に名付けたバックパック旅行に行きました。アルバイトで貯めたお金を握りしめて、デトロイト・テクノが好きだったのでジェフ・ミルズが回しているクラブに行かなきゃとか、モントリオール・ジャズ・フェスティバルのカエターノ・ヴェローゾのライブに行ったりとか、アーセナルというサッカーチームのファンなのでスタジアムはやっぱり行っておきたいなとか。

 

宮下:アーセナル大好きですもんね。コップも(笑)。

幅:アーセナル熱は、もう病気です(笑)。そんな感じでただ遊んでいたときに交通事故にあってしまい、帰国せざるを得なくなってしまいました。まあ、いまとなっては自分の好きだと思っていたものと、実際のそれとの距離を測るうえで大切な時間だったとは思います。それからようやく重い腰を上げて就職先を探していたところ、たまたま青山ブックセンターで卒業後でも受けられる採用試験をやっていたので、本好きだしなと思って受けたら入社できたという流れです。

 

宮下:偶然なんですね。志していたわけではなかった。

 

幅:まったくそのとおり。でも本は好きなので、働いてみるとやっぱり楽しくてウキウキした毎日を送っていました。働き始めて3年ほどたったときにご縁があって編集者の石川次郎さんと出会い、彼のもとで働きはじめます。2002年頃でしょうか。その後、2003年に次郎さんが現在の六本木蔦屋書店のオープニングをプロデュースする仕事があり、私はそこで選書を任されることになったんです。これがなかなかうまくいって、そこから「本屋をつくりたいです」みたいな依頼がくるようになった。当時の僕は調子に乗って「これ、仕事にできるかも?」と思い2005年にいまの会社「BACH」をつくりました。

 

宮下:でも当時はまだ選書という仕事にお金を払う習慣は無かったわけですよね。価値の決め方、値段の付け方ってどうしたんですか?

 

幅:本の代金以外に選書費や企画費がかかることと、それに価値をつけたものを認めてもらうことにはだいぶ苦労しました。選書には答えがないので、選ぶまでの方法論もだんだん確立させていきましたね。本をおくところがどんな場所で、どういう人たちがいて、その人たちはどんなものを求めているのかっていうことを、インタビューやリサーチをベースとしながら進めていくような方法です。やっぱり会社をつくってからが大変でしたね。

宮下:へえ。

 

幅:僕らは「本の差し出し方」と言うのですが、なんとなくその場所に合ういい感じの本を選ぶのではなくて、サイン計画や家具計画など、本を読む環境そのものを整えることもブックディレクションの範疇に入れながら、本のコンセプトや分類をつくっていく。そうやって徐々にブックディレクションの領域を広げながら精度を高めていくことで、ちょっとずつ仕事になっていきました。

 

宮下:本を取り巻く環境の整備も含めブックディレクション、面白いですね。

 

幅:なぜその仕事がそれなりの時間と労力を費やす必要があるか、その価値や意味を見出し、整理して伝えるってことが重要。これを繰り返していくことで、選書という仕事を理解してもらえるようになりました。

 

宮下:その小さな積み重ねを、18年間続けてこられたのですね。

 

幅:僕自身も、この会社がこんな長く続くなんて思ってなかったですよ。楽しいから、楽しそうだからってだけで、自分の貯金を切り崩してつくった会社なので。銀行の借り入れも無いし、業務拡大することには1ミリも興味が無くて。拡大するために銀行から借入して借金するくらいなら、いつでもやめてやる、くらいに思っています。そう、うちの会社の良いところは、いつでもやめられるところです。まあ、いまのところそんなつもりはないのですが……。

 

宮下:それぐらい自由だといいですよね。僕たちは銀行から借り入れしているのでそれが悪いとはまったく思わないけれど、やっぱり約束事が増えてしまうと完全な自由ではなくなってしまう。

幅:約束事はなるべく減らしていきたいので、やらなければいけないことは少なくしているつもりですし、実際少ないです。

 

宮下:僕も苦手です。約束のために何かをしなければいけない状態がずっと続くと、だんだん楽しめなくなってくるみたいな感覚。僕は「楽しいからこれをやる」という純粋な状態が自分の価値を最大化できるときだなって思っています。もちろん、社会人として苦手なこともやらなければいけないことはあるけれど、その行為の先にある姿にワクワクできなければ仕事として続けるのはしんどいです。

 

幅:僕にとっての仕事は、毎朝起きる理由づくりです。朝って特に寒い冬なんかいつまでも寝ていたいじゃないですか。ふとん、あたたかいし。

 

宮下:確かに(笑)。

 

幅:でも仕事があるから起きなきゃいけない。自発的な起床。本当にシンプルですよ。仕事って、多すぎもせず、少なすぎもしないお金をいただいて、払う方が気持ちよくいてもらう方が気持ち悪くないお金のやり取りだと思うんです。お金を払う人といただく人の間で、価値の示し合わせが成立していればちゃんと仕事になる。僕の場合、18年間ひたすら目の前の仕事を一生懸命やっていき、精度を上げ、領域に関してもちゃんと再考していく。そして、楽しむ。会社をやってきて苦しかった記憶は本当にゼロですね。

「好き」って、あまり軽やかにポップに使うべきではないのかもしれないですね

宮下:幅さんって、普段どのくらい本を読まれるんですか?

 

幅:日にもよるけれど、だいたい3時間くらいかなあ。この間は仕事で必要だったので、1日10時間くらいこもって読みまくる日もありました。読書ってある程度「慣れ」が必要なんです。マンガや短編モノばかり読んでいると分厚い本や難しい本が読み込めなくなってしまう。

 

宮下:あー、分かるかも。

 

幅:食と同じですよね。肉ばかり食べていると野菜を欲するようなもので、最近は軽めのが多いからここらで重めの本いっとくか、みたいなバランスは意識しています。僕はその日の自分に1番ストレスがかからない本を読むし、逆に読み進まなくなっちゃうことも当然あります。そうすると積ん読が増えていくわけですが、次の日とかに積み重なった本たちを眺めていると「今日はなんかいけそうだな」と思うときがあって、そこで手に取って読んでる感じです。

宮下:好きなものとの距離のとり方が、幅さんはすごく上手なんだなと思いました。飲食の世界だと、料理が好きで料理人になったけど途中から料理が仕事になってしまって、もともと好きだった料理を楽しめなくなってしまう人ってとても多いんです。自分が好きで始めたことなのに、いつの間にか「仕事」と捉えた瞬間に嫌いになってしまって辞めてしまう人も少なくない。だからいまの話を聞いていて、好きなものを好きでいつづけるってすごいなと。

 

幅:「好き」って、あまり軽やかにポップに使うべきではないのかもしれないですね。本来「好き」って、狂気をはらんでいるすごく偏っているもので。その狂った世界に、片足どころかどっぷり入り込んでいく覚悟と、誰からも理解されない可能性をちゃんと踏まえたうえで、「好き」と言ったほうが良い気がします。

 

宮下:大事な指摘ですね。

 

幅:ちょっと「好き」が柔らかくなりすぎていますよね。「好きを仕事にする」って、なんかいい感じのことを仕事にすることと、狂気を仕事にすることって随分別の話。「好き」の範疇が広すぎてしまっていることで、伝わりにくくなっているのかもしれませんね。

宮下:たしかに、「好き」って難しい。今回この企画について話しているときに、担当編集の石原くんに「好きなものって何?」って聞かれたんです。「レストラン」とはすぐ言えました。でも、本も読むし、音楽も聞くし映画も観るし、全部好きなことだけど「これが好き」と言い切るのが難しくて。好きの基準ってなんだろう、と考えてしまったんです。

 

幅:「好き」がよく分からないのだとしたら、僕は「飽きないかどうか」が大事なんじゃないかと。少しでも好きだと感じるものを上からやっていって、「これ飽きないな」と思うものを、とことん続けてみたら良いんじゃないかなと思います。

 

宮下:僕にとってのレストランはまさにそれです。

 

幅:僕が本に飽きない理由はね、めちゃくちゃ球数があるからなんです。なんだかんだで、いまも日本だけで年間7万タイトル、1日あたり200タイトル弱ぐらいの新刊が出ています。いろいろな書き手が、じっくり推敲して凝縮された言魂がそれだけあるとなかなか飽きることはないですね。何らかの物事に対して、自分の考えや経験を積層させていこうと思うと、やっぱりある程度時間を要するのは間違いない。飽きないことを続けた結果として、何か残るものがあるんじゃないかな。

上を見ればきりがなくて、下を見ればそこがない恐ろしいもの

宮下:幅さんにとって「お金」ってなんですか?

 

幅:僕にとって、お金は「道具」です。自分が得たい経験をつくるために必要なのがお金である、ということ。そんな世界で生きていきたいのに、利益追求が重要な世の中がなかなかそうもさせてくれないから困ったもんだと、いつも思っていますけどね。上を見ればきりがなくて、下を見ればそこがない恐ろしいもの、というのが僕のお金に対する考え方です。

 

宮下:この連載の初回記事にも書いたんですけど、僕が海外から日本に帰ってきて働いたレストランの手取りが12.6万円で、これまで買っていた本が買えなくなったことがあったんです。そのとき、僕自身もやばいし、業界としてもこのままじゃまずいなと思いました。知りたい情報を摂取する、好奇心を満たす、たまに美味しいご飯を食べに行くとか、それができるくらいの余裕がないとしんどいなって。

幅:石川次郎さんの事務所に行ってから、本屋さんでカートいっぱいの本を買う夢を叶えたんですけれど、僕も本屋に務めていたときは給料が安くて本が買えませんでした。やっぱり本とかレコード、CDを我慢したくないなと思いながら20代を過ごしてきたし、それらは経験価値として自分に蓄積されているんですよね。自分という器に入れたものが、どんな化学反応を起こすのかがすごく楽しみ。こんな音楽を聴いたらどうなるだろう、この人の思想とアイデアを読んでみたらどうなるだろう……。自分という器に何かを入れてみたいと思ったときに、やっぱりお金は必要なんですね。そのぶんだけのお金はしっかりとつくっていかなきゃいけないなとは思います。

 

宮下:自分がどんなものを摂取すれば健やかでいられるか、楽しくいられるかは、一度じっくりと考えたほうがいいですね。自分にとって喜びや豊かさとは何か。そして、お金とは何か。

 

幅:僕にとっての喜びや豊かさは、美味しいご飯やお酒を飲み食べすることかな。自分の快楽に対してはちゃんと開いていてあげないと、自分が気持ち良いと思うことには気づけないし、同時に痛みや苦しみにも鈍感になってしまう。気づかないふりをしていると、疲労の度合いも激しくなってしまいます。僕は、そうした部分にも常に敏感でいたいなと思います。

 

宮下:僕にとっては、ご飯と旅ですね。お金がなくてもできるけど、あったほうが得られることは多い気がする。

 

幅:いつでもそれが自分の器に入れられる状態にするためにも、ちゃんと自分の価値に自分で金額をつけて、そこで勝負していくのはとても面白いと思います。需要と供給のようなシンプルな経済でなくて、もう少し曖昧模糊とした社会的価値とか意義みたいなことを、お金と紐付けられるようになっていけるといいですね。

PROFILE

  • 幅 允孝

    ブックディレクター。BACH(バッハ)代表。愛知県津島市生まれ。ホテルや病院、企業オフィスなど、あらゆる場所で本と人が自然に出合うための環境づくりを行う。最近では、本のディレクションを行うほか、自身も編集や執筆を手掛けている。

  • 宮下 拓己

    フランス「ミシェル・ブラス」で研修後に帰国、サービスへ転向。大阪、東京の星付きレストラン、オーストラリア「VUE DE MONDE」 を経て、ニュージーランド「Clooney」ヘッドソムリエとして勤務。2017年帰国、2019年6月LURRA°を京都・東山三条で開業。ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021で一つ星を獲得。同年Forbes JAPAN が選ぶ日本の30歳以下 30 UNDER 30 JAPAN 2020に選出。第8回 京信・地域の起業家アワードにて大賞を獲得。

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