<世界とつながり、音楽の未来を灯す>をテーマにした日本最大規模の国際音楽賞、『MUSIC AWARDS JAPAN』。今年で2回目の開催となり、6月13日にはTOYOTA ARENAにてセレモニーも開催された。FREAK MAG.では「最優秀DJ賞」にノミネートされたRISA TANIGUCHIに注目し、セレモニーでの彼女の様子を密着取材。同時に、東京の大小ナイトクラブを拠点に、DJ/作曲家として世界を飛び回る彼女のルーツ、今に至る変遷、DJやクラブへの想いなどについても、話を訊いた。
――まず、『MUSIC AWORDS JAPAN 2026』の「最優秀DJ賞」にノミネートされた感想を聞かせてください。
いま日本のDJ人口って、たぶん万単位ですよね?そのなかから、5人に選んでもらえたことは、ストレートにすごく嬉しかったし、家族みんなめっちゃ喜んでくれてよかったです。
――結果、受賞とはいきませんでしたが、発表を終えて思ったことは?
今回はノミネートされただけでも気持ちがいっぱいでした。それに、ほとんどの人が、¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uさんが選ばれると予想していたと思いますし、私もそうでした。なのに、発表された瞬間、落ち込んでる自分がいたんですよ、一丁前に(笑)
――一丁前なんてことはないです(笑)。受賞する理由があるから選ばれているわけで。
たしかに、DJ KOKO aka SHIMOKITAさんなんていつ何時でも受賞しておかしくない、ずっと活躍されているレジェンドですし、DJ TATSUKIさん、DaBookさん、そして私もあわせて、ラインナップの音楽的なジャンルも活動状況も幅広くて、誰になってもなにかしら理由になる強い個性がある。だから「もしかしたら選ばれる?」と思ったところはあったのかも。
で、そこから少し経って、そうやってちょっと期待できるくらいには、この1年2年、頑張ってきたんだなって。そう思えたことはすごくよかったです。
――今回のような大きなアワードにDJがピックアップされるようになったことについては、どう感じていますか?
すごいですよね。クラブがもっと盛り上がっていたと言われる1990年代にもなかったことですから。私も含め多くのDJは、メインストリームに対してオルナタティブとかアンダーグランドとか呼ばれるシーンで活動している。だからこういう賞があること、ノミネートされたDJがその場に出ることについては、いろんな意見があって、SNS上でも論争になるけど、私はそういった現象も含めて、価値ある一歩だと思います。
2010年あたりに、風営法に反するとして多くのクラブが摘発されて、そこからの長きに渡る先輩方の努力があったこともそうですけど、いいことばかりじゃない、いろんな歴史の積み重ねの上に今があることは間違いないわけで、心から感謝しています。そしてこういったDJをピックアップする賞があることもまた、歴史の1ページとして、意味がないことはない。
――授賞式はどうでしたか?
ガラパーティーから、その流れで深夜は渋谷WOMBでDJ、次の日の昼間から授賞式。1ヶ月のUSツアーから帰国したばかりだったのもあって正直かなり消耗しましたけど、夢みたいでとても貴重な経験でした。一人でこうなったわけではないしここでジェンダー論を語るつもりはありませんが、ノミネートされたDJ5人のなかで、女性DJとして唯一選んでいただけたことも、今この国において意味があることだと感じました。
そんな感じで考えることが沢山あり、授賞式中は頭の中がグルグルしていました。でも、ノミネートのなかに昔から知ってるDabookさんがいたのは安心できましたね。外に出たらiriちゃんと一緒に「最優秀ダンス・エレクトロニック楽曲賞」にノミネートされていたTAARにも直接会えて、そこから一気に緊張がほぐれました。
TAARは昔からのDJ仲間だし、曲作りにおいても活動初期にアドバイスをくれた戦友でもありました。それ以降、レッドカーペットを歩いているときとかは、すっかりリラックスしていて、こうして写真を振り返ってみても、ビフォアーアフターわかりますね(笑)
――RISAさんはテクノDJとして認識されている部分が大きくて、TAARさんはハウス/ディスコのイメージが強いじゃないですか。そこがつながってるんだなって、思いました。
私、テクノを聴いて育ったテクノのDJではないんですよね。だからときどき、テクノDJと言われることがはばかられるというか。TAARとはエレクトロやUKのハウスやベースミュージックが好きで遊んでいたときに出会っているんです。
――そのあたりの、RISAさんのルーツについても聞かせてもらえますか?
もともとはクラシックをやっていて、ピアノやバイオリンを演奏していました。子供の習い事というより、クラシックが大好きで、地元の図書館でCDを借りてずっと聴いているような、オタクでしたね。あとは洋楽のポップスやロックも好きでした。そこからピアノで音大に行こうと思ったんですけど、いろいろあって諦めなきゃいけなくなり、専門ではない4年生の大学に切り替えて受験勉強するんですけど、それが結構な苦労で心身消耗して、無事合格したあと反動で思いっきり弾けちゃったんですよね。
昔から洋服も好きだったから、原宿のカフェでバイトしてそこで仲良くなった近くの古着屋さんとか服屋の人と遊ぶようになって、そこで遊びに連れて行ってもらったクラブにハマったんです。
――それはいつ頃ですか?
2000年代の後半ですね。当時はエレクトロ全盛期で、ファッションとクラブカルチャーもかなり密接につながっていたんですよね。かっこいいDJがたくさんいて、いいパーティーもたくさんあって、アパレルショップもめちゃくちゃお金かけてクラブでパーティーやってましたし。
――いわゆるエレクトロ全盛期、エレクトロクラッシュ~エレクトロハウスの流れですか?
はい。エレクトロハウスやフィジェットハウスも好きでした。そのあたりの音楽はインディーロックとも距離が近くて、Yeah Yeah YeahsとかThe Horrorsとか、エレクトロサウンドと踊れるロックがかかるパーティーがけっこうあったんですよね。
――国内のDJ/アーティストでいうと、DJ KYOKOさんやDEXPISTOLS、80KIDZあたりですね。
彼らがまさに私の先輩です。あと海外のDJも数えきれないくらい来日していたので、いろいろ観に行ってましたね。SOULWAX / 2 MANY DJ’sやTigaとか、なかでも、いちばんはハマったのは超大御所ですけどThe Chemical Brothersです。
そんなこんなでクラブに行くたびにDJがどんなことしているのか聞いたり、ヤフオクで買った安い機材を使ってDJ練習したり、そうこうしているうちにDJとしてのキャリアがスタートしました。ちなみに当時はRISA TANIGUCHIという名義ではなかったので、調べても出てきません(笑)
――そこからテクノにはどういう流れで?
そのあと、Magnetic ManやMalaのようなUKのダブステップ/ベースミュージック、ハウスをルーツとするUKファンキーなど、大きく言えば2010年代前半のUKのクラブシーンで鳴っていた音に興味を持つようになったんですね。で、実際に現地に遊びに行って大ハマりしてDJのスタイルもそっちの感じになっていきました。
しばらくして、Night Slugsのようなレーベルの動きもそうですけど、ダブステップの重い低音と、Ukファンキーの跳ねたリズムだったり、テクノやハウスのシンプルな4つ打ちがハイブリッドされていくような流れが生まれるんです。今の人気アーティストで言うとOvermonoみたいなイメージですね。
そのなかで、4つ打ちの没入感、DJが4つ打ちを軸に上の音のグラデーションでじっくりと長いセットを作っていくスタイルに注目するようになり、その頃にDJとして世界を回ってみたいという気持ちも強くなって、本格的な曲作りも始めて、名義もRISA TANIGUCHIにして、今のスタイルになっていきました。
――DJとして世界に出たいと思って実現させた。いったいどうやって?
海外アーティストが日本に来たときに共演できる位置にいること、そこできっかけを掴んで、というのはよく言われる話だけど現実的じゃないなと思っていました。それは自分がワールドツアーをするようになって、よりそう思いましたね。スケジュールがタイトで、もちろん一つひとつのギグには真剣に臨むけど、体はめちゃくちゃ疲れてるからできるだけ休みたいだろうし、話をした一人ひとりの顔を覚えることって、なかなかないんですよね。
だから私は、もちろん彼らが来日した際には全力で交流しますけど、曲を作って、好きなレーベルだけでなく関連レーベルや、自分のカラーに合いそうなレーベルを調べまくって、音源を送る、そっちにより力を入れて地で進みました。
――DJをやりたいがための曲作り?
はい。今はまたちょっと違うんですけど、当時は完全にそうでしたね。だから音源を送るレーベルも、リリースしてカタログになって終わり、ではなくリリースしてからDJの現場が持てそうなところを選んでいました。海外のレーベルは1回音源を出すと、そのレーベルの持つプロモーション網を通じていろんな関係者にも聞いてもらえる流れがあるから、思わぬ大物から反応があったりもして、それでDJしに行って、また忘れられないうちに音源出して、を繰り返していたら今のような状況になりました。
――作曲とDJのクオリティって別ものですよね?RISAさんにとって、“良いDJ”とは?
私が思う”良いDJ”は、その曲がもつポテンシャルを最大限に引き出せるDJだと思っています。例えば、同じ曲でも、自分がかけた時にしっくり来なくてそのままにしていて、現場で別のDJがかけた時に「この曲かっこいい!」と思って調べたら既に持っていた、という経験がこれに当てはまります。
一方で、“良いDJ”という言葉自体に懐疑的なところもあって。客観性が全然ない。ナイトクラブって、音楽が好きで踊りに来ている人もいれば、ただ飲みに来ている人もいるし、出会い目的の人もいるし、ノリで友達と来た人もいるし、目的も楽しみ方もさまざまじゃないですか。そして、そういったお客さんにプロフェッショナリズムを求めるべきではない。そうなると、良いDJとは、なんて一言でまとめ上げること自体がロジックとして破綻してしまいますよね。
客層、シチュエーションや時間帯とか、そういうこと変動するものに対する主観的な定義なんですよ。もちろん最低限のスキルは必要だと思います。それでいうと、日本人は平均的にめっちゃうまい。でも海外の人の大雑把な感じは味にもなるし、という感じですね。
――そういうなかで、フェスとクラブだとまたスタンスが違うように思うのですが、いかがですか?
そうですね。フェスはたまたま通りががった人に足を止めてほしいから、初見の人が「おっ!」となるようなフック、そういう意味での派手さだったりアイキャッチーなものを選ばざるをえない。それに対してクラブは一晩を紡ぐ、自分もその一部であるという意識でやっています。だから前のDJの流れは必ず受けます。自分があまりやらないBPMで代わられても、飛ばしません。そこから初めてじわじわと自分のグルーヴに持っていきます。
――やっぱりクラブにきてほしいですよね?もっとパイを増やしたいとは思わないですか?
実はそこにはまだ答えを持っていないんです。パイを増やしたいという気持はあります。でも、非日常、アンダーグラウンドな存在であってほしいとも思う。自分にとってのクラブの魅力は影であり闇なんです。ふつうじゃない暗い空間で、カッコつけていってぶっ通しで踊る場所。個人的にはそこに光とかハッピーバイブスみたいなものはいらないというか、真っ暗な空間だからこそ味わえる解放感ってあるじゃないですか。
――はい。
そのなかに、各々の楽しみ方があるわけです。ひたすら踊るもよし、仲間と飲みかわすもよし、双方の合意があったうえでの初めての出会いもあり、みたいな。いずれにしても、間違いないのは、アーティストやDJが経済的に潤う場であってほしいということ。日本のお客さんは居酒屋行くかカラオケ行くか、みたいなノリではクラブには行かないですよね。そこはもうちょっと推進できたらいいなって。だから、アワードとかは意味あるなって思います。
――これからやりたいことは?
DJはすべて、楽しさのなかでやれてるんです。曲をディグることを大変だと思うDJなんていないんじゃないかな?それに対して曲の制作は本当に大変で、楽しいだけじゃない。最近、そっちのほうで仕事をいただけることもふえてきて、極限状態になることも多いけど、そこを乗り越える幸せもありますね。好きなことがDJだとしたら、誰かに曲を提供するのは得意なことなのかなって。もっと音楽を作る人として、いろんな人と関わってクリエイトすることも、頑張っていきたいと思っています。
PROFILE
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RISA TANIGUCHI
東京出身の DJ/プロデューサー。2024 年にドイツの Chris Liebing 主宰の名門レーベル CLR よりEP『So Loud』をリリース。Beatport Techno(Raw/Deep/Hypnotic) チャートで 1 位を獲得する。
2026 年にも同レーベルより『Magnetic』EP をリリースするなど継続的にタッグを組み、日本を代表するテクノ DJ/プロデューサーの一人として国内外で高い評価を得ている。





